如月の三枚看板 柳家喬太郎「錦木検校」
「如月の三枚看板 喬太郎・文蔵・扇辰」に行きました。
「初天神」三遊亭まんと/「甲府ぃ」入船亭扇辰/「スナックヒヤシンス」橘家文蔵/中入り/「錦木検校」柳家喬太郎
文蔵師匠の「スナックヒヤシンス」は林家きく麿作品。文蔵組落語会で演じたことは存じ上げていたが、この会で掛けてくるとは!会場大受けだった。ビビクリマンボ!とか、「はじまるよ、ヤマダの悪口はじまるよ!」とか、きく麿師匠独特の仕草と表情とフレーズが文蔵師匠から飛び出す面白さは格別だ。
ヤマダの悪口の「耳の裏が臭い」、「財布がヌルッとしている」「ポロシャツがピチッとしている」…。そして、♬恋の坂道発進をヤマダがヒロコとデュエットする“ザ・きく麿ワールド”が文蔵師匠の高座で若干の照れも入りながら、繰り広げられる愉しさよ。
乗り越えられない坂道を、お前とならば乗り越える、踏みしめられないアクセルが、あなたとわたしの上り坂、踏み込み弱いと後戻り、踏み込み強いと急発進、これが二人の半クラッチ、恋の坂道半クラッチ~。
喬太郎師匠の「錦木検校」。まず、角三郎の了見が素敵だ。父親に疎んじられ、下屋敷に家臣同様の扱いで住まわされても、「仕方がない。世の中とはそういうこともある。楽しもうではないか」と庶民が出入りする縄のれんで酒を飲むという、腹が大きいのが良い。お付きの中村吉兵衛が「いつか陽の当たる場所に」と気を掛け、内職をして小遣い銭を拵えてあげているというのも美しい。
そして、按摩の錦木との出会い。「見栄えのせぬ錦だな」という角三郎の言葉に、「親父が盲目でも世間でいじけることなく、心に錦を着て真っ直ぐ育つように名付けた」と錦木が返答したことで、かえって角三郎が申し訳ないことを言ってしまったと詫びて、二人の間に親友のような心の交流が生まれるのが素晴らしい。
錦木が著名な学者の講義で聞いた“大名になる骨組み”に角三郎が該当すると聞いて、「錦木、ありがとう。わしが大名になるようなことは万に一つもない。だが、万万が一大名になるようなことがあれば、わしはお前を検校にしてやるぞ」と交わした約束がまさか叶うとは…。
錦木が風邪をこじらせ、枕が上がらないで、人生に絶望したときに、長屋の源兵衛さんから聞いた「角三郎が新しい酒井雅楽頭になった」という噂。なかなかの人物で、下々の人間の気持ちもよく分かると評判の大名だという。錦木は喜んで酒井様の屋敷に弱った身体を引きずるようにして訪ねた…。劇的な再会だ。
「祝いを言いに来てくれたのか。よく訪ねてくれた。表をあげい」と言われても、錦木は目の前が眩しくて顔を上げられないというのが何とも謙虚な気持ちで良い。ここから角三郎改め酒井雅楽頭の言う言葉が素敵だ。
錦木、大名になったよ。お前の言う通りだった。わしは父を疎んじておった。酒や博奕、女に溺れてもおかしくなかった。そこを何とか踏みとどまった。それはお前が身体だけでなく心を揉みほぐしてくれたからだ。礼を申すぞ。今では隠居した父と笑い合いながら話ができるまでになった。
そして、“あの約束”を雅楽頭は忘れていない。「あの折り、約束したな。覚えておるな。一同の者、よく聞け。ここにおる按摩錦木はきょうただいまより、検校である」。だが、錦木は伏せたままで返答がない。「胸を張れ。表をあげろ。誰に憚ることもない」と雅楽頭は言うが、錦木はすでに事切れていた。
「馬鹿!お前はわしを恩知らずにする気か!これから苦しいこと、大変なことが待ち構えている。そんなとき、お前に心をほぐしてもらうことができると思っておったのに…」。既存の「三味線栗毛」のハッピーエンドではなく、あえて哀しい物語に演出した喬太郎師匠の手腕に心が震えた。