志の輔らくご inPARCO

「志の輔らくご inPARCO」に行きました。「送別会」「モモリン」「しじみ売り」の三席。

「送別会」は同期と思われるサラリーマン二人が定年を迎え、43年前に初任給で行った蕎麦屋に久しぶりに入って、祝杯をあげる噺。ほぼ半世紀。振り返ると、昔懐かしいことばかり、というか時代の進歩には驚かされるよなあ、という昭和世代の聴き手に共感を呼ぶ作りになっている。

現代の小学校の運動会では徒競走も玉入れも優劣をつけないそうだ。昔は兎に角スピード重視、かつ競争社会だった。コピー機が会社に導入されたときの失敗談、ファックスはどうやって相手に届くのか不思議に思ったこと、そして何より「そうだよなあ」と思ったのは、煙草を吸う人間が主流でデスクの上に普通に灰皿があって、オフィスは煙で充満していた。今では考えられない風景だ。

この落語が終わると、背後のスクリーンに「あなたはどれだけ覚えていますか?」と懐かしい画像が次々と映し出された。太陽の塔、ホッピング、ケロヨン、電気炊飯器、オート三輪、牛乳の蓋取り、テトラパック、自動車のナンバープレートに付けた正月飾り、ウォークマン、公衆電話(赤電話)、テレホンカード、ショルダーフォン、マッサージチェア、セブンスター、列車の灰皿、水飲み鳥、ぶらさがり健康器、改札で切符を切る鋏、エキスパンダー…。昭和は遠くなりにけり。

「モモリン」。2014年正月にPARCOで初演、2019年正月の観世能楽堂で再演以来の口演。いまや、ふるさと納税の返礼品とゆるキャラは地方の町おこしの定番になったが、そのテーマを志の輔師匠はいち早く取り入れている。

ある地方のモモノイ市の特産品は桃、通称スイートモモモモ、そしてゆるキャラがモモリン。このモモリンがバク転する“モモリンフラッシュ”の映像はYouTubeで100万回再生に達し、全国の注目を集めているという…。

モモリンのステージがテレビで全国中継されることになった当日、市長が興味本位でモモリンの着ぐるみの頭を被ったら、抜けなくなってしまって、さあ大変!という騒動記。でも、このハプニングによって、暗礁に乗り上げていた図書館建設がうまくいくことに…というハッピーエンドのストリートが面白い。

「しじみ売り」。義賊と呼ばれた鼠小僧次郎吉の優しさ、だがそれゆえに、ある一家を不幸にしてしまった因果。次郎吉はこの一家を救うために、自分を犠牲にする決断をする…。心に沁みる人情噺に仕上がっている。

雪が降る中、裸足であかぎれを作りながら、お椀一杯8文で蜆を売っていた7歳の少年を可哀想に思った次郎吉は、「その蜆を全部買ってやる」と言って、300文を渡し、さらに病床の母と姉に温かいものでも買ってやれと3両を渡そうとするが、少年はこれを断る。知らない人からお金を貰うな、と厳しく姉から言われていると言う。次郎吉は事情を聞かせてくれと頼み、少年は話す。

3年前、姉は新橋で芸者をしていた。そこで紙問屋の若旦那の庄之助といい仲になった。だが、庄之助の両親が結婚に反対。二人は江戸を出て、駆け落ち同然で旅に出た。箱根の宿に泊まったとき、二人の男が庄之助を賭け碁に誘った。それはイカサマで、庄之助は100両も負けてしまい、払えないなら、その女を貰うと脅した。

そこに「目の綺麗な」一人の男が現れ、100両を投げつけ、その上で逆にサイコロ博奕で取り返した。弱い者を苛めるのは許せない、役人を呼ぶぞと迫り、二人組は退散してしまった。事情を聞いた男は若い男女に50両を渡し、「これでお伊勢様にお参りして、反対した両親の許しを貰いな。それで上手くいったら、俺のところに来い。祝い酒を飲もう」と言ってくれた。この嬉しさは忘れられないと姉は言っていたという。

だが、旅の途中で役人の取り締まりを受けた。男から貰った金を使ったところ、この金は「ある屋敷から盗み出されたもの」、その証拠に刻印がしてあるという。この金の出所を問われ、若旦那は「拾いました」の一点張り。貰ったと言えば、その人に悪い。恩を仇で返すことになる。若旦那は小伝馬町の牢に入れられてしまった。姉は大家が見張るという条件で、実家に帰ったが、患ってしまったという。

少年は「蜆なんか売れないから、毎日川に捨てて帰り、売り切れになったと嘘をついて、母や姉に心配をかけないようにしている」と言う。次郎吉は「この金はそんな金じゃない」と3両を受け取るように促す。泥棒は良くないが、泥棒だって命懸けで盗んだ金だ、心の底から本当に助けてやりたいと思ったからくれたんじゃないか。何の思いもない堅気の金よりも尊いかもしれないぞ。男は少年に言い聞かせ、少年は3両を受け取る。「寒くて大変だろうが、辛抱して売れ。きっとそのうち、良いことがあるぞ」。少年は去る。

この若旦那に箱根で50両を恵んだ男こそ、義賊と仇名された鼠小僧次郎吉、その人だったのだ。弟分に言う。「確かに3年前…刻印があったとは知らなかった…50両を渡したのは俺だよ。坊やに蜆を売らせているのは、早い話、俺だ。そろそろ年貢の納めどきかもしれない。その若旦那は口を割れば牢を出られる。それなのに、歯を食いしばっている。お恐れながらと、名乗ろうかと思う」。

次郎吉は店の外に出る。「娑婆で見る雪はこれが最後だ。人様のために名乗るんじゃない。俺がゆっくり眠るために名乗るんだ。俺の考えが間違っていなければ、お天道様が見ていてくれる。それを楽しみにしているよ」。

少年が店に戻ってくる。「おじさんのことは忘れないよ」「ああ、おじさんも坊やのことを忘れないよ」。そして、最後に言う。「近々、坊やに良いことがあるぞ。もう蜆を売らなくてよくなるぞ」。少年はその言葉の本当の意味を判らない。それが良い。心に沁みる高座だった。