春風亭柳枝「妾馬」、そして立川小春志「文七元結」

「柳枝のごぜんさま~春風亭柳枝勉強会」に行きました。「厄払い」と「妾馬」の二席。マクラで13日に記者会見した「能登応援落語会・チャリ亭」立ち上げにまつわるこぼれ話を色々と喋ってくれて、興味深かった。

「妾馬」。八五郎の清々しいほどに身分の差に臆さないところに共感する。大家から借りた紋付袴を着て、赤井御門守様のお屋敷を訪ねるところ、「ごめんなすって!」と門番に声を掛け、「俺はダンツクのレコの兄貴だよ」と言うところから愉しい。

田中三太夫には三ちゃん、ご老女様にはお婆さんと呼ぶし、朋友にモノ申すようで良いと言われ、殿様も苦労人だね!と褒めるし、熊の家の二階で博奕をしていた、行けば損はないからと言われて来たと正直に明かすし、目の前にご馳走が並べられると、「悪いね。知らないから、手ぶらで来ちゃったよ」と殿様を目の前にしても対等に口を利くところが好きだ。

殿様の隣りに妹のお鶴がいるのを発見すると、「おつる!」と呼んで、三太夫に「無礼者!」と注意されると、「何が無礼者だよ。俺の妹だ。俺は殿様の義理の兄貴だ!本当なら、ここに手をついてお兄様と挨拶するのが礼儀だろう。控えておれ、三太夫!」と胸を張っているのもいい。

妹思いの優しさも感じられる。「おめでとう。ババアは初孫だ!と喜んでいたよ。でも、身分が違うから抱くこともできない、情けないとメソメソ泣いていた…たまには赤ん坊を連れて帰ってやってくれ。おしめの替えは大丈夫か?」。

「俺はお目録は要らないから、代わりに赤ん坊をババアに見せてやってください」と殿様にお願いし、「こいつはガキの頃からいい奴でね。俺がガサツだから、俺の代わりに近所を頭下げて回ってくれたんだ。立派になったな。皆さんに可愛がられるようにしなきゃ駄目だぞ。殿様、可愛がっておくんなせい」。涙目の八五郎が「竜宮城の乙姫様みたいだな。この姿をババアが見たら喜ぶだろうな。三太夫、なんでお前が泣いているんだよ!」。

ガサツだけれど、心根はとても優しい兄、八五郎が素敵だった。

夜は「春風亭一之輔・立川小春志二人会」に行きました。こはる改メ立川小春志真打披露落語会である。

オープニングトーク 一之輔・小春志/「山号寺号」立川笑王丸/「団子屋政談」春風亭一之輔/中入り/「文七元結」立川小春志

小春志師匠の「文七元結」。佐野槌の女将の存在感。呼び出されてやって来た長兵衛を見るなり、「目付きが変わった」とズバッと言う。それは博奕に狂ってしまって、人間の性根までも以前とは変わってしまったのではないかという危惧でもあったのだろう。「どれくらい狂っているんだい?」と訊く。

長兵衛は答える。細川の屋敷で誘われてやったら、当たって面白くなった。最初のうちは面白いように当たった。これで稼げれば、汗して働くことないと思った。だが、パタッと当たらなくなった。今度こそ取り返そうと続けるが、当たらない。ずっと続けてしまって、莫大な借金が出来てしまった。

女将が訊く。「博奕が好きで堪らないのか?それとも、負けがこんでどうにもならなくて続けているのか?」。長兵衛は後者だと答えた。「じゃあ、金があったら、仕事に戻るんだね?…私が面倒をみてあげるよ」。元々は腕の良い左官の職人だった。あの蔵はどなたが?と客に訊かれるほどの出来映えが自慢だった。「そこまで育ててくれた師匠、親方、兄弟子にすまないとは思わないのか?」という台詞は長兵衛には大層耳が痛かっただろう。

50両を来年の大晦日まで貸してあげる。チビチビ返されるのは嫌だ、まとめて返しておくれ。それまで、お久ちゃんは預かっておく。店には出さない。私の傍に置いておく。ただし、大晦日に間に合わなかったら、そのときは店に出す。客から悪い病を引き受けるかもしれない。だが、私は鬼になる。

女将はそう言って、長兵衛にお久に御礼を言うように命じる。これが最後の別れになるかもしれないからと。長兵衛は照れながら娘に向かって「すまねえな。きちんと働いて返すから。博奕はもうやめるから」と誓う。ここに嘘はないことが伝わってくる。

そして、吾妻橋。店の金の50両を掏られた文七は「身寄りのない私をここまで育ててくれた旦那に恩がある。だから、死んでお詫びをするんだ」と主張する。長兵衛は「人間は生きなきゃいけない。死んでも金が出てくるわけじゃない。旦那にお詫びをして少しずつ返せばいい。50両という大金をお前に任せたのは、お前に見込みがあるからだ。きっと許してくれる」と説得する。

命の大切さを訴える長兵衛は正論だが、パニックに陥っている文七にはその当たり前のことが判らない。それでも、目の前にいるこの若者を見殺しにすることはできないと思う長兵衛の心根の優しさが沁みる。

「50両あったら、死なないのか?…やるから、持っていけ!」。遂に長兵衛は決断してしまう。だが、この50両がどういう金なのか、これについては文七に言っておかなくちゃいけない、お久が浮かばれないと思ったのだろう。「この金は悪い金なんかじゃない。綺麗な金だ。こんな綺麗な金はない」。この台詞ほど重いものはないだろう。

博奕で出来た借金の返済のため、娘のお久が吉原に身を沈めて拵えた50両。50両ないと、お前は死ぬと言う。だが、お久は死ぬわけじゃない。「一つだけ頼みがある」と言って、「金毘羅様でも、お不動様でもいい、お久が悪い病を引き受けないように拝んでくれ」。これが長兵衛のせめてものお久に対する誠意だと考えたのだろう。

本当はいい奴である長兵衛が博奕という沼にはまってしまった弱さと、そこから這い上がろうとする強さの両面を通して、「だけど、人間は生きなきゃいけないんだ」というメッセージが伝わってくる高座だった。