下北のすけえん 春風亭一之輔「柳田格之進」

下北沢シアター711の「下北のすけえん~春風亭一之輔ひとり会」に行きました。一之輔師匠は今年、およそ900席を勤めたそうだ。多く掛けたネタベスト5は①加賀の千代②鮑のし③初天神④あくび指南④もぐら泥、だそう。今年ネタ卸しした「もぐら泥」がランクインしているのがすごい。

2023年を振り返る 春風亭一之輔/「十徳」春風亭貫いち/「もぐら泥」春風亭一之輔/中入り/「カニ食べ行こう」春風亭いっ休/「柳田格之進」春風亭一之輔

一之輔師匠の「柳田格之進」。萬屋の番頭の柳田に対する嫉妬に焦点を当てているところ、聴き応えがあった。身寄り頼りのない自分を育ててくれた旦那、萬屋源兵衛への感謝の気持ちが強く、それを世間は忠義と言うのだろうが、ゆえに紛失した50両の行方に対し、柳田に疑惑を抱いてしまう。

月見の宴で50両を紛失したことが発覚したとき、番頭は旦那に対し、「柳田様がご存じでは?出来心というものが誰にでもあります。汚い長屋に住んでいらっしゃいます。立派な方なら、なぜ浪人をされているのでしょうか?」。旦那の思いはどうであれ、番頭として当然のことを言ったようにも思える。だが、その後の旦那の「もう50両のことは忘れてくれ。私の小遣いだったということにすればいい」という台詞に、番頭は激しい嫉妬を覚えたのではないだろうか。

一之輔師匠は男同士の嫉妬が強いのではないか、と言った。ジェンダーレス社会が叫ばれる世の中で、男も女も関係ないことを前提にしながら、嫉妬という二字熟語に女という文字が二つも入っているのはいかがなものか、男篇にするのもおかしいけれども…と注釈したところに一之輔師匠の繊細な一面を感じる。

50両が煤払いのときに出てきて、翌年の正月四日に仕官が叶って立派な身なりになった柳田と番頭が再会。翌日に柳田が萬屋に来訪した際、主人の源兵衛と番頭が柳田が首を斬られるのを覚悟しながらも、主従お互いが庇い合うところ。番頭は柳田に訴える。「私が内緒で勝手に行ったんです。悔しかったんです。旦那のためにと思っていましたが…正直、柳田様に焼き餅を妬いていました。柳田様にとって大切な友達、お助けください」。悔しかったんです…これは明らかな嫉妬である。

ここまで番頭の嫉妬を強調した「柳田格之進」を聴いたのは初めてだ。

勿論、このほかにも聴きどころはある。柳田格之進の人柄と組織の不一致に対する悔しさ。嘘をつかない、曲がったことが大嫌い、ゆえに融通が利かない、面倒くさがられる。「柳田も良いがのう…」と上層部から煙たがられて、浪々の身になってしまうことには納得がいかなかっただろうと思う。「なぜ、自分だけがこのような目に遭わなくていけないのか…」という台詞が端的に表している。

そして、侍としてのプライド。萬屋に招かれ、碁を打つだけでなく、酒肴を振舞われ、月見の宴に誘われる。その度に、柳田は「町人にこのような饗応を受けていいのだろうか」と躊躇いを感じる。

番頭に50両盗み取った嫌疑を遠回しにかけられ、「奉行に届ける」と言われたとき、また自分は誤解を受けるのかと思ったに違いない。だから、何としてでもそれを回避できないかと思ったのだろう。だが、その思いを娘のきぬが見抜いていたところに、この噺の素晴らしさがある。

「50両はどうなさるのですか?…お腹を召すことばかりはおとどまりください。あらぬ疑いを掛けられ、無念に思い、お腹を召すつもりでは?」「きぬに嘘はつけぬな。曲がったことは許せない。なぜ自分ばかりがこのような目に遭わねばならぬのか。50両は必ずや出てきて、嫌疑は晴れよう。だが、汚名を着せられたこと、柳田の家名に傷がついたことは避けられない。それが辛抱ならぬのだ」「では、親子の縁を切ってください。私が吉原に身を沈めます。私をお売りいただいた金子で、武士の赤き心をお示しください。きぬは父上、柳田格之進、武士の娘でございます」。

武士社会で煙たがられていた柳田の真っ直ぐな性格は間違っていないということを証明できたのも、一旦娘が吉原に身を売るということで濡れ衣を回避したことが大きい。やがて、柳田は仕官が叶い、きぬが店に出る前に身請けすることができた。柳田父娘の無念が晴れて本当に良かった。

きぬは他家に嫁ぐことが決まる。“罪滅ぼし”の万分の一にもなりませんがと言って、この婚礼の支度万端を萬屋が整えた。婚礼が終わった際、満開の桜を見ながら、柳田が萬屋を誘う。「材木町の碁会所に行こうと思う。お手合わせ願えないか」。

友情の復活である。番頭が50両を柳田から受け取って、萬屋主人に対し「やっぱり、柳田様から出ました」と言ったとき、萬屋は怒鳴った。「大馬鹿野郎!誰が頼んだ?50両なんか要らなかったんだ。柳田様はよっぽどのことがあったに違いない。それならば、私はいくらでも都合するのだ。主思いの主倒しとはお前のことだ!」。そう言った後、「大事な友達を失くしてしまった」。そのときの萬屋の落胆を思うと、再び柳田と碁を囲むことが出来る喜びは何よりも代え難いものだったであろう。

素敵なエンディングであった。

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