文楽鑑賞教室「傾城恋飛脚」新口村の段

社会人のための文楽鑑賞教室に行きました。「団子売」と「傾城恋飛脚 新口村の段」の二演目。間に「文楽の魅力」と題して、人形遣いの吉田蓑太郎さんの解説があった。

「傾城恋飛脚 新口村の段」。大坂の亀屋という飛脚屋の養子になり、真面目に商売に励んでいた忠兵衛だが、遊女の梅川と恋に落ちて、横恋慕する八右衛門と身請けを張り合った結果、手を付けてはいけない公金を横領してしまった。死罪は免れない忠兵衛は梅川を連れて逃亡するのだが…。

落ち延びる先として、実父の孫右衛門が住んでいる故郷の大和国新口村を選んだのは、死ぬ前に一目会いたいという思いからか。だが、直接的に会えば孫右衛門に迷惑がかかる。歩いている孫右衛門を見つけ、遠巻きに見つめる忠兵衛の複雑な心境を思うと心が痛む。

それを察した梅川が、孫右衛門が雪道に足を滑らせて転んだところに駆け寄り、介抱する健気さ。こんなにも親切にしてくれることに、孫右衛門もこの娘が忠兵衛の恋人であることを悟る…。ここに忠兵衛、孫右衛門、梅川の三人の目には見えない情愛のやりとりが伝わってきて、胸がキュンとなる。

おそらく忠兵衛も近くに隠れて見ているのだろう、と考えた孫右衛門は梅川に聞かせるという形で心情を吐露するというのも、父親の息子に対する愛情表現の変化球だ。たとえ罪を犯しても我が子が可愛い。だが、忠兵衛の代わりに牢に入れられている養父の妙閑を救うためにも、早く自首して自分の目の届かないところで縄にかかってほしい。

梅川も自分の身請け争いのために忠兵衛を罪人にしてしまったという負い目がある。孫右衛門にひたすら詫びる梅川の姿に、運命に翻弄された親子の絆を思う。そして、一目でもいいから孫右衛門と忠兵衛を引き合わせたいと考えた。だが、孫右衛門は息子の顔を見たら、妙閑への義理立てから、自分の手で縄をかけなければいけなくなると拒む。

そこで梅川が考えたのが目隠しだ。孫右衛門に目隠しをして、忠兵衛と引き合わせたら、縄にかけることもしなくてすむでしょう?というわけだ。そして、手に手を取って再会を果たした親子。そして、さりげなく梅川は目隠しを外してやる。もう縄をかけるとか、犯罪人を庇うとか、そんなこととはお構いなしに、実の父と息子が抱き合って喜ぶ姿は、理屈抜きで感激だ。

八右衛門が捕手を連れてやってくると、孫右衛門は忠兵衛たちに抜け道を教えて落ち延びさせる。一人残った孫右衛門は雪の降る中、遠ざかる二人の後ろ姿を見送る。それは今生の別れ。忠兵衛、孫右衛門、梅川の三人の深い情愛が沁みる舞台だった。