五街道雲助独演会「文七元結」

「人間国宝認定記念 五街道雲助独演会」に行きました。「代書屋」と「文七元結」の二席。開口一番は金原亭駒平さんで「一目上がり」、ゲストは浮世節の立花家橘之助師匠だった。

「文七元結」。長兵衛に対する佐野槌の女将の説教は柔らかい口調ながら手厳しい。女房子に嘆きをかけてまで、なんで博奕がしたいんだい?お前さんの仕事を見て褒める人が沢山いる、立派な腕を持っているのに、どうして博奕なんかするんだい?

長兵衛は博奕が好きだったわけじゃない、カカアに良い着物の一枚でも買ってやれたらと思って手を出したら、裏目裏目に出てしまい、深みにはまってしまったという。博奕の怖さだ。

女将は亡くなった旦那の羽織の共布で作った財布に入れて50両を渡す。「やるんじゃないよ。貸してやるんだ。いつ返せる?」。これに対し、長兵衛が「四、五日で」と軽はずみに答えると、女将は「見栄を張るんじゃないよ!」とビシッと返す。「来年の七月か八月には…」に、「じゃあ、もうちょっと先延ばしして来年の大晦日までに返しておくれ」。

ここから女将は厳しく言う。「それまではお久ちゃんを傍に置いて身の回りの世話をしてもらうよ…でも、来年の大晦日、一日でも過ぎたら、私は鬼になる。客を取らせる。そうしたら、悪い病を貰って、瘡をかくかもしれない。娘が可愛いと思うなら、博奕をきっぱりとやめて、稼業に精を出しなさい」。

そして、「この子に礼を言いな」。「こいつはあっしのガキです…オゥ!くそ面白くない…」と言いながらも、ここは親としての見栄を張っている場合じゃないのは判っている。感謝の気持ちをこめて、「お父っつぁん、博奕やめる。だから、辛抱しておくれ」。

するとお久は「博奕はやめてね。おっかさんと喧嘩はしないで。ぶったり、蹴ったりもしないで。おっかさんは癪持ちだから、介抱してあげてね」。義理の母だが、どこまでも親思いのお久の台詞が長兵衛の胸に響いたのだろう。「ガキにこんなこと言われるようじゃ、お終いですね。泣くんじゃねえ」と言いながら、自分が泣いている。

そして、吾妻橋。50両を掏られたから身投げしてご主人に詫びるという文七に対し、長兵衛は「死んで50両出てくるならいいが、そんなことはない。お前の主人は分らず屋か?ガリガリ亡者か?訳を話して、ちゃんと詫びれば許してくれるはずだ」と説得する。

それでも文七は主人に申し訳が立たないと言う。長兵衛は「どこかで50両都合すればいい。親とか、叔母さんとか」と言うが、文七は「親も親類もいない。都合できない」。「じゃあ、なんだって盗られるだ!」。

長兵衛は念を押す。「そうまでして死にたいのか?50両なかったら、どうしても死ぬのか?」。頷く文七を見て、長兵衛は懐に手をやって、一瞬黙り込む。そして、「弱っちまったな。コンチクショウ!」。「死ぬんだな?」を二度繰り返して、「所詮は授からない金か…いいから持っていけ!」。50両を財布ごと渡そうとする。

「この金についちゃ、ちっとばかり訳がある。俺が博奕で負けて方々に義理の悪い借金を拵えて、それを返すために娘が吉原に身を売って拵えた金だ。来年の大晦日までに返せれば娘は店に出ないで済む。だが、仕方ねえ。金毘羅様でも、御不動様でも、お前の贔屓の神様に、吉原の佐野槌の今年十七になるお久という娘がどうか悪い病にかからないように拝んでくれ」。

そして、財布を持って「いいから、持っていけ!うちの娘は死ぬわけじゃない。だけど、お前は死ぬと言うからやるんだ」と言って、文七に向かって財布を投げつけた。去り際、「死んじゃいけねえぞ!」とまた言って逃げるように姿を消す。

江戸っ子だ。文七が近江屋に戻り、主人に事情を話したとき、主人・卯兵衛は「嘘を言うのもいいかげんにおし」と言った。文七が「本当なんです」と言うと、大層感心して「できるこっちゃないなぁ」と言ったのがよく判る。

翌日、卯兵衛が文七を伴って長兵衛宅を訪ねたときも、「目から鱗が落ちました。どうぞ親類付き合いしてください」、さらに「この文七が独り立ちするときの後見になってください」と頼むのも、この長兵衛の江戸っ子気質に惚れたからこそだろう。「死んではいけない」という長兵衛のメッセージが強く心に響いた高座だった。