江戸暦令和女男八種 五街道雲助「お初徳兵衛」

上野鈴本演芸場十一月中席八日目夜の部に行きました。今席は五街道雲助師匠が主任で、「江戸暦令和女男八種」(えどごよみいろのやついろ)と題してのネタ出し興行だ。①お染金蔵(品川心中)②休演③お杉芳次郎(文違い)④お熊伝三郎(鰍沢)⑤お花半七(宮戸川)⑥お若伊之助⑦お兼由蔵(つづら)⑧お初徳兵衛⑨お岸仲蔵(中村仲蔵)⑩休演。きょうは「お初徳兵衛」、「船徳」の原型となった、色っぽい噺である。

「牛ほめ」林家さく平/「初天神」桃月庵こはく/ジャグリング ストレート松浦/「歯ンデレラ」林家きく麿/「権助芝居」林家はな平/音曲漫才 おしどり/「浮世根問」柳家甚語楼/「もぐら泥」蜃気楼龍玉/中入り/漫才 風藤松原/「粗忽の釘」隅田川馬石/粋曲 柳家小春/「お初徳兵衛」五街道雲助

雲助師匠の「お初徳兵衛」。「船徳」が滑稽噺であるのに対し、こちらは実にドラマチックである。吉原通いに溺れた平野屋の若旦那、徳兵衛は親類立ち会いのもと、勘当となる。改心の見込みもない息子を諦めて、父親は夫婦養子を採って後継者とした。徳兵衛は柳橋の船宿、大松屋の二階に居候となる。親方が優しい人でいつまでも居候の身分でいいと言うが、徳兵衛はそれでは済まないからと船頭になることを志願し、船を漕ぐ稽古を一生懸命して、元々筋が良かったとみえて腕をあげ、猪牙舟から屋根船を漕げるようになる。遊びの心得もあり、男前、しかも口達者ということで、「徳さんを」と指名が掛かるほど、人気の船頭になった。ここが「船徳」と大きく違うところだ。

四万六千日。油屋の旦那が天満屋さんと柳橋の芸者のお初を連れて、駒形の桟橋まで屋根船をやってくれと平野屋に来ると、ちょうど徳兵衛の手が空いたところ、その仕事を引き受ける。天満屋さんが参詣の後、吉原で昼遊びをして、夜は柳橋に繰り込むというルートを希望したので、同伴していたお初は吉原に着いたところで引き返さなければならない。吉原に柳橋の芸者が付いて行くことは嫌われるからだ。だが、そうすると船は徳兵衛とお初の二人きりになってしまう。「一人船頭一人芸者」はご法度とされていたのだ。油屋の旦那が困っていると、お初は「構わない」と言う。男嫌いで通っているお初のこと、「間違いはあるまい」と、徳兵衛がお初を柳橋まで送り返す役を担うことになった。

これがドラマのはじまりとなる。黒い雲が出てきて、空模様が怪しくなってきた。ひと降りきそうだ。「首尾の松あたりで雨宿りしましょう」、徳兵衛はお初に言って、松の木に船を舫う。途端に盥の底を返したような雨。徳兵衛は船の外で笠を被って身を縮めていたが、それを気の毒に思ったお初は「こっちへお入りなさい。この雨では濡れてしまいます」と船の中へ呼ぶ。さらに「隅にいないで、こっちへお寄りなさい。いいじゃありませんか、若旦那」。若旦那という言葉に徳兵衛はドキッとする。「隠さなくても、あなたは平野屋の若旦那」。

ここからお初の告白だ。「私のことなど、お見忘れでしょうね。平野屋の前の長屋にいた鋳掛屋の松蔵を覚えていますか。そこに一人娘がいませんでしたか?」。徳兵衛が「ああ、小汚い格好をした、いたずら娘がいましたね」と答えると、お初は「その小汚い娘が私なんです」。「女は化けるというが、まるで別人だ」と言うと、お初は「あのときから私は若旦那のことが好きでした。何とか振り向いて貰おうと、ちょっかいを出していました。でも、見向きもしてくれなかった」…「若旦那が芸者遊びをしていると聞いて、私も芸者になりたい、そうしたら一緒に遊べる、そう思って稽古屋の師匠に紹介して貰い、柳橋の芸者見習いになりました。いつか若旦那に会える、そう思って辛抱して、ようやく一本立ちして、これで会えると思ったら、若旦那が勘当されたと聞き、ガッカリしました」。

「私は籠の中の鳥。もう会うことはできないのか。そのときに、若旦那が船頭になったという噂を聞いて、濠割で稽古している姿を見て、これで会うことができると思いました。私の思いが叶うように、お不動様に願掛けをしました。その甲斐あって、今、こうして会うことができた…」。徳兵衛が「あっしなんか、色黒のスカンピンだ」と卑下すると、お初は「酸いも甘いも嚙み分けた男でしょう?私の男嫌いは若旦那に操を立てるためだった。女に恥をかかせることはしないでしょう?船頭と芸者、そんなこと、どうでもいい。人が人を好きになることに変わりはないです」。

落雷。お初が徳兵衛の身体にしがみつく。「もう大丈夫です、姐さん」「若旦那、後生」。徳兵衛が思わずお初の身体を引き寄せる。お初徳兵衛、浮名の桟橋、馴れ初めでございます、で幕を閉じた。

船頭と芸者という身分を超えて、お初が“初恋の人”である徳兵衛に積年の想いの丈をぶつけ、それに徳兵衛が応える。たとえ、それがご法度であろうと、男女が想い合う熱情を冷ますことはできない。実にドラマチックでロマンティックなラブストーリーであった。