極付印度伝「マハーバーラタ戦記」三幕、そして浪曲かるた亭
吉例顔見世大歌舞伎昼の部に行きました。極付印度伝「マハーバーラタ戦記」三幕。平成29年10月の再演である。
那羅延天、シヴァ神、梵天、大黒天らが「人間の始める争いの為にこの世が終わる」と言うところへ、太陽神(坂東彌十郎)が人間との間に慈愛に満ちた迦楼奈(尾上菊之助)を生み出してそれを止めると言えば、軍神帝釈天(坂東彦三郎)は無敵の子阿龍樹雷(中村隼人)を生み出し、力に拠って争いを止めると譲らない。慈愛と力、そのどちらが争いを止めるのか、迦楼奈は自らの使命に迷い翻弄されながら、ついには宿敵、阿龍樹雷との戦いへと向かう…。
二幕目第一場のパンチャーラ国が面白かった。王女弗機美姫は絶世の美女と名高く、誰しもが求婚を求める羨望の的だったが、姫が阿龍樹雷に嫁ぐことが決まり、人々は落胆していた。だが、阿龍樹雷たち五兄弟が火事で命を落としたという話が広まり、婿選びを執り行うことに。
宮殿前の広場、弗機王と弗機美姫が多くの婿候補の前に立ち、これから踊りを競い合い、最後に残った者を姫の婿にすると宣言した。候補者は全員顔を隠し、踊りの優劣で決するというのだ。多くの候補者が脱落し、残る候補者は3人に絞られた。弗機美姫が顔を見せるように命じると、その3人は迦楼奈、鶴妖朶、阿龍樹雷の3人だった。
死んだと思っていた阿龍樹雷は納倉と沙羽出葉の双子の兄弟のマントラの力で窮地を脱していたのだ。弗機美姫は喜ぶと、阿龍樹雷は自分たちを殺そうとしたのは鶴妖朶だと訴える。弗機王は鶴妖朶と迦楼奈を捕らえようとするが、鶴妖朶に手をかければ大きな戦が起きると迦楼奈は言う。この二人はそのまま帰された。
これが大詰の鶴妖朶軍と阿龍樹雷軍の対決の伏線となっているわけだが、踊りによって婿を選ぼうという発想がいかにもインド的で、しかもその踊りが映画「RRR」を彷彿させる、従来の歌舞伎にはない類のものなので、大変に興味深く拝見した。
夜は神保町に移動して、浪曲かるた亭に行きました。澤雪絵さんが樋口一葉の「大つごもり」をネタ卸しするというので、それを楽しみに出かけた。雪絵さんの師匠である、去年亡くなった澤孝子師匠も樋口一葉の「たけくらべ」(涌井和夫脚本)「十三夜」(大西信行脚本)をよく掛けていて、雪絵さんもそれを引き継いでいるが、「大つごもり」は浪曲化されておらず、今回、席亭を務める浪曲作家の土居陽児先生が手掛け、実現した。
天中軒すみれ「中山安兵衛婿入り」
高田馬場で仇討を果たした安兵衛に惚れこんだ堀部弥兵衛金丸、娘の婿として迎え入れたいという熱意に折れた安兵衛は「とりあえず受ける」ことにして、酒ばかり飲んで呆れさせれば、そのうち諦めるだろうという作戦を取るが…。いくら飲んだくれて、高イビキをかいて、娘をほったらかしにしても、金丸の熱意は冷めないので、益々飲んだくれて愛想尽かしを待つという日々。
さすがに金丸も堪忍袋の緒が切れて槍を持ち出すが、安兵衛は槍の先を手で受けて、ニッコリ笑って、また酒浸り。すると、金丸は安兵衛の前で両手をついて、「優しい言葉を娘に一つでも掛けてくれ」と涙ながらに頼む。これには情に厚い安兵衛、心が揺れた。そこまで思ってくれたら、中山の姓を捨て、堀部家に婿入りする決断をしなきゃ、男じゃないよね。金丸が惚れるだけある、心技体ともに素晴らしき武士だったということは、後日の討ち入りでの活躍で証明される。
東家孝太郎「入れ札」
赤城の山に別れを告げて信州に向かうことにした国定忠治。利根川を渡り、渋川、榛名、そして大戸の関所を越えたところで、それまで11人連れていた子分を3人に絞らないと追っ手から逃れることができないと判断した忠治、さて誰を選ぶか…。皆、命を懸けて付いて来てくれた可愛い子分。自分から名指しして、差別することはできない。そこで、恨みつらみのない「入れ札」で決めることにした。札の多い上位3人を選ぶ。
さあ、誰が選ばれるのか。自分は入ることができるのか。あいつは俺に入れてくれるだろうか。子分の間でも、全員が気が気じゃない。中には自分の名前を書く卑怯な奴もいるかもしれない…。まさに心理戦。出た結果には、恨みっこなしだが、つらいよなあ。選ばれなかった黒助と弥助の二人の物悲しさが胸に沁みる。
澤雪絵「大つごもり」
9歳で両親を亡くし、叔父の許で育てられたお峰は18歳で白金台の山村家に女中奉公に行く。ようやく休みを貰って、久しぶりに小石川の叔父の家を訪ねると、叔父の安兵衛は病に伏せ、8歳の三之助が蜆売りをして家計を支えているという有り様を見て何とかして恩返しをしたいとお峰は考える。
田町の高利貸しに10円借りて、期限は大晦日、1円50銭払えば3カ月の日延べはしてやると言われていると安兵衛は明かす。お峰は「私がご新造に給金の前借りで2円をお願いする」と約束する優しさが美しい。だが、山村家のご新造は後妻で、お峰に対してもいつも冷酷だ。必死の思いで前借りを頼んだつもりが…。
大晦日になって「そんな約束は覚えていない」とけんもほろろ。昼時分に小石川から三之助が2円を貰いにお峰を訪ねる。さあ、どうしよう。お峰は意を決して、床の間の硯箱から2円を抜き取る。拝むように「私は悪人になりまする」。盗みを働いてしまった罪悪感でいっぱいだ。露見したら、「訳を話して、心の底から謝って、舌を噛み切る覚悟」というお峰の心情を思うと心が痛む。
先妻の息子、市之助がお歳暮の支払いに20円必要だとご新造に言うと、ご新造はお峰に硯箱を持ってくるように命じる。「もはや、これまで」と思ったが…。硯箱の中には「引き出しの分も拝借し候 市之助」と書いた紙切れ一枚が入ったきり。あと18枚あるはずの1円札はない。助かった。若旦那はお峰のことを知って書いたのか?知らずに書いたのか?真相はわからない。お峰を救った大晦日の神様に思いを馳せた。