立川小春志真打昇進披露興行 初日

立川小春志真打昇進披露興行初日に行きました。昼の部のゲストが柳家三三師匠、夜の部のゲストが柳亭市馬師匠だった。

昼の部

御披露 小春志・談春・三三/「真田小僧」立川談春/「転宅」柳家三三/中入り/「らくだ」立川小春志

口上ではなく御披露。小春志師匠が司会進行を勤め、ゲストと談春師匠に自由にトークをしてもらおうという狙いだそうだ。とても愉しい。小春志師匠が入門して最初に談春師匠から習った噺は「道灌」。北海道の旅先のホテルで深夜に3時間かけて教えてもらったという。その「道灌」を当時のこはるが名古屋の丸善落語会で前座として掛けたら、同じく出演者だった三三師匠に「聞いていられない」と言われたことが今でも強く思い出されるそうだ。

三三師匠も覚えていて、「とてもぎこちなかった」。それが16年後にらくごカフェで「三方一両損」をこはるが演じているのを三三師匠が聴いて、「成長したなあ」と感慨深かったという。談春師匠いわく、今回の披露興行10公演のゲストは「私(談春)がお願いしたわけではなく、この小春志本人がお願いし、小春志ならと快諾して頂いた」。

談春師匠も「及第点ではなく、合格点に達した」から真打を認めたと。「この10公演に大ネタを並べて、それを乗り切ったとき、初めて得るものがある。それが良い経験となってくれれば」とも。小春志師匠の長所は“鈍感さ”だという。よくここまで17年間、辞めずに来たものだと感心していた。

落語協会のような寄席に出られる噺家は温かくて、柔らかで、優しい噺を演じていけばいいが、立川流は違うということも言っていた。落語は男性の価値観で作られたもの、その中で死生観までも考え抜いて取り組まなければいけない。米朝、志ん朝、談志、皆がその壁に向き合ってきた。小春志師匠は女性の目線に立つことで、その壁を軽々と超えることができるかもしれない…、そんな弟子を持てたことに感謝していると述べていた。

小春志師匠の「らくだ」。らくだと渾名された馬太郎がどれだけ皆に迷惑がられていたか、否、怖がられていたか。屑屋、長屋の月番、大家、漬物屋…。青龍刀で斬られそうになったり、甚五郎の彫り物だと言われて本物の蛙を買わされたり。屑屋が訪ねてきて「らくださんが…」と一言言っただけで、「らくだの話は勘弁だ!」と恐れ、「死んだ」と言ってもなかなか信じようとしないことで伝わってきた。

丁の目の半次が屑屋に注いだ三杯目から様子が変わるのも、この噺の聴かせどころだろう。半次は実は下戸で、屑屋の詰問に「あいつは身寄り頼りのない、可哀想な奴なんだ。この長屋の人たちは皆優しくしてくれると喜んでいた」と泣いて屑屋にすがるところなど、それまで「あっち行って来い、こっち行って来い」と指図していた兄貴分とは思えない。

望むらくは、前半の半次にもっと迫力のある怖さがあって、三杯目の酒を飲んだ屑屋が酒乱になる様子をもっと激しく描ければ、この二人の立場の逆転劇が鮮やかになるなあと思った。女性ゆえに声質や声量の問題もあるかもしれないが、言葉遣いに工夫を凝らすなどやり方はあるような気がする。

夜の部

「黄金の大黒」立川談春/「三十石」柳亭市馬/中入り/御披露 小春志・談春・市馬/「子は鎹」立川小春志

小春志師匠が前座時代、「道灌」を掛けていたら、市馬師匠に「馬鹿野郎、この野郎」が多すぎると声掛けをしてもらい、その縁で「転失気」を教えて頂いた思い出があるそうだ。市馬師匠はそのときから、当時のこはるに対して、「誰もしなくていい苦労をこの人はしているなあ」と感じたそうだ。

市馬、談春、三三で三人集と銘打って活動していたときがあって、「ちきり伊勢屋」をリレーでやった。それ以外に「二人旅」とか「桑名船」とか旅の噺を皆でやろうということになったとき、市馬師匠が馬子唄を歌って噺を繋ぐという演出を考え、こはるが馬の役をやることになった。「箱根八里はヨォー」と唄うと、馬が「ヒヒーン」と鳴くという…。なにもそんな苦労まで掛けることないのに、と市馬師匠はこはるに対して思ったという。すると、談春師匠が「俺なんか、河岸で働かせられたんですよ!」。

小さん一門は、市馬師匠より上の人たちは立川流に対して敵意剝き出しだったが、市馬師匠は理解があったという。それも談志師匠と“昭和歌謡好き”というところで気に入られていたのは大きいかもと。

小春志師匠が入門したとき、談志師匠は「坊や、口調は良い」と褒め、1年ほどは彼女のことを男だと思っていたらしい。村田英雄の♬王将の歌詞に「女房のこはる」というフレーズがあり、談春師匠が弟子のこはるを紹介しに行ったときも、「ああ、女房のこはる、な」とご機嫌だったというエピソード。すると、市馬師匠がそこの部分をアカペラで歌ったのが可笑しかった。

小春志師匠の「子は鎹」。熊さんが別れた後も毎日のように息子の亀吉が夢に出てくると番頭さんに話すが、同じく亀吉も毎日のように父親が夢に出てくるという…。その一致点だけでも何だかとても胸を打つ。

学校帰りの亀吉とバッタリ遭った熊さん。今は吉原の女とは別れて、酒も一滴も飲んでいないと話すと、亀は鼻をクンクンさせて、「本当だ!お酒臭くない!」と喜ぶ姿がいい。50銭のお小遣いを貰っても、「これで鉛筆買ってもいい?一生懸命勉強するから、鉛筆がどんどん短くなって、芯を竹の棒に括って書いているんだ」という健気さに泣ける。

お父ちゃんに会って50銭貰ったことも、明日鰻屋でご馳走になることも、母親には喋らないという男と男の約束だったが、玄翁を持ち出され「お父ちゃんに貰ったんだ!」と亀吉は口を割ってしまう。そして更生した元亭主のことを聞かされ、元女房も亀吉同様に嬉しかったに違いない。熊さんが指定した鰻屋が川崎屋と聞いて、「本当にお父ちゃんに会ったんだね。川崎屋は私とあの人が初めて鰻を食べた店だよ」という台詞に胸がキュンとなった。

翌日の鰻屋の二階。「今さらヨリを戻してくれなんて言えた義理じゃないが、また一緒に暮らしてくれるか?」という熊さんに、「こちらこそよろしくお願いします」と何の恨みつらみもなく素直に返事をする元女房。亀吉という息子を通して、離縁はしたが、ずっと気持ちが通いあっていたことが伝わってきた。