講談協会定席、そしてわん丈ストリート

上野広小路亭の講談協会定席に行きました。今月は田辺一記さんが二ツ目に昇進した披露の公演である。

「鈴木久三郎 鯉の御意見」田辺一記/「山内一豊 出世の馬揃え」一龍斎貞鏡/「田中休愚」一龍斎春水/中入り/「清水次郎長伝 秋葉の火祭り」神田春陽/「青山士 荒川放水路物語」田辺一邑

一記さん、二ツ目昇進おめでとうございます。鴨を生け捕って、病弱な老婆と乳の出ない女房に食べさせた足軽の牧村才助と野崎甚兵衛が家康の怒りを買って討ち首になるという…。久三郎は家康に人の命の尊さを判らせるために、わざと池の鯉を拝領したと嘘をつき、仲間たちと鯉こくと鯉の洗いを肴に飲めや歌えのどんちゃん騒ぎをする。いかに相手が殿様だろうが、人命を軽んじていることを戒めなければいけないという久三郎の覚悟がカッコイイ。これぞ武士なり。

貞鏡先生。勇士の功は戦場にあり。貧は初動の妨げ。一豊が名馬を購入し、戦場で活躍したいと思う気持ちを、妻の千代は十分に理解した。そして、御家の大事の時のために嫁入り道具の鏡の裏に蓄えていた金五枚を何の迷いもなく差し出す貞女の鑑だ。信長は一豊の購入した名馬に“鏡栗毛”と名付け、出世の第一歩となったこと、素晴らしい。馬揃えの部分を修羅場読みした貞鏡先生の亡き父・貞山先生への感謝の気持ちに感動した。

春陽先生。法印大五郎の手引きで、清水次郎長の甥の増川仙右衛門が父・佐太郎の敵である小台小五郎を見事に仇討ち、あっぱれなり。さらに次郎長は小五郎の親分の竹居安五郎に対し、妾にしているおみつ(佐太郎の後妻、つまりは仙右衛門の継母)を差し出せと迫る貫禄は東海道一の侠客と名が知られただけある。

一邑先生。土木事業は後の世のため、人のためになるという信念を貫き通した青山士の素晴らしさが伝わってきた。パナマ運河の建設に携わって、学んだ鉄筋コンクリートの技術が、荒川放水路の要である岩渕水門の工事に生かされた。そこには内村鑑三の門下となり、広井勇に指導され、「土木は社会の変革をもたらす」という教えが底辺に流れている。

川を掘ることで自分の村が無くなると工事を止めようとした10歳の正吉少年は、作業員と一緒に泥まみれになって工事の指揮を執る青山の「世のため、人のため」という信念にほだされ、自ら作業員になった。だが、トロッコ列車に轢かれて事故死してしまう。正吉の死を無駄にするな、と青山以下作業員は一致団結し、荒川放水路は大正13年に完成する。青山はその完成式典でも、作業員たちを招き、一緒に記念写真を撮ったという。そして記念碑には青山士の名前はなく、ただ「我らの仲間を記憶せんがために」と彫られていたそうだ。その謙虚さに頭が下がるばかりだ。

夜は日本橋に移動して、「わん丈ストリート~三遊亭わん丈独演会」に行きました。「こじらせ親分」「松山鏡」「茶の湯」「幾代餅」の四席。19時開演、21時終演。前座の柳亭市助さんが15分、中入り休憩が15分だから、わん丈さんの高座は実質90分だが、その半分近くをマクラ、というか身辺雑記に費やしていた。

わん丈さんは話が上手だ。だから、マクラがいくら長くても、面白いし、笑っていられる。だが、肝心の落語本編にシワ寄せが出ると、ちょっと考えものである。来年の3月の真打昇進に向けて、気を抜いているわけではないと思う。毎回、この会ではネタ卸しをして、真打昇進披露興行で掛けるネタを増やしていこうとしている姿勢もある。今回の「茶の湯」ネタ卸しもそうだ。だが、何か高座に向かう姿勢にちょっと違和感を僕が感じてしまうのは心配性だろうか。

「茶の湯」を演じるときに、「この噺、僕が演ると16、7分なんですよ。だから、この後もう一席やります」と断っていた。で、その「茶の湯」。色々な型があるだろうし、自分なりの工夫もしているのだろうが、僕自身は満足のいかない高座だった。青黄粉に青色絵の具を加え、洗剤で泡立てるという…。それもわん丈さんの演出だからいい。三軒長屋の住人が出てこないのも、そういう型があるのだろう。だが、肝心の何も知らないで“風流ごっこ”をしている面白さが余り出ていなかった気がする。とんでもない飲み物を口にして悶絶したり、七転八倒する様子が、隠居と定吉でしか描かれず、他の犠牲者が被害にあった様子がほとんど描かれていなかった。これは残念だった。

「茶の湯」が終わったのが、20時50分。21時に終演しなきゃいけない、あと10分しかない。「幾代餅」を演る予定にしていたと。できないよなあ、と言うわん丈さんに対し、客席から「演ってよ!」という拍手が起きる。じゃぁ、と始めたダイジェスト版「幾代餅」。8分だった。その編集能力の高さには感心するが、本当に器用な人なんだな、というのは判ったが、ただそれだけだった。

独演会における演目と時間配分の設計をある程度はしてほしいと思う。気ままにマクラを振るのは愉しいけれど、限度というものがあるだろう。抜擢で真打になる高い能力を持っている逸材である。12月の「わん丈ストリート」のチケットも購入した。初演「毛氈芝居」も楽しみにしている。