柳枝のごぜんさま、そして歌舞伎「水戸黄門 讃岐漫遊篇」
「柳枝のごぜんさま~春風亭柳枝勉強会」に行きました。「五目講釈」「探偵うどん」「鼠穴」の三席。マクラで先月ようやく開催された真打昇進披露宴の打ち明け話を話してくれたが、ホテル側が犯した進行上の大きなミスに気づいた出席者も多かったかも。
「五目講釈」。昔の講釈師というのは先生然と構えていて、高座に上がってから鼻をかんだり、お茶を飲んだり、咳をしたり。そういう雰囲気までも生薬屋の若旦那も真似しているところに可笑しみがあった。赤穂義士伝「二度目の清書」と言っておきながら、那須与一やらお富与三郎やら清水次郎長やら色んな登場人物が飛び出す、まさに“五目”の講釈が愉しかった。
「探偵うどん」。珍品。古今亭志ん生のCDで聴いたことがあるが、生の高座は「三三・左龍の会」での柳家三三師匠のネタ卸し以来。警官と岡っ引きがごちゃ混ぜになっていて、明治の香りがしているところが好きだ。スリが捕まらないように非常線をくぐり抜けるために、うどん屋を脅して、その格好をそっくり借りてまんまとくぐり抜けたと思いきや…。こういう落語らしい落語が好きだ。
「鼠穴」。なぜに竹次郎はあんな悪夢を見たのだろうか。夢は五臓の疲れ。これはサゲに使うための単なる仕込みではないのだと気づく。自分の店の身代を大きくするために、一生懸命に働いていた竹次郎はきっと疲れていたのだろう。兄さんが「竹、お前は働きすぎじゃないか」と言う部分があって、合点がいった。
優しいお兄さんである。弟の様子を見て、「こいつはまだ茶屋酒の味が抜けていない」と判断し、“商いの元”と言って“たった三文”を渡す。なんて冷たい兄なんだ、鬼だ、蛇だと竹次郎は兄を憎むが、それがバネになって寝食を忘れて働いたことが成功につながる。心を鬼にして、深い考えの下で兄が3文を渡したことに竹次郎は感謝する。素敵な兄弟愛である。
夜は錦秋十月大歌舞伎夜の部に行きました。「双蝶々曲輪日記 角力場」「菊」「水戸黄門 讃岐漫遊篇」の三演目。「水戸黄門」は昭和50年6月に水戸光圀を十七世勘三郎が演じて以来だから、実に48年ぶりの上演である。
ザ・勧善懲悪。善と悪がはっきりとしていて、判りやすくて面白かった。徳川御三家のひとつ水戸徳川家の当主で、今は隠居の身になった前中納言徳川光圀(坂東彌十郎)が、水戸の天神林で梅を商う光右衛門と名乗って、水戸藩士の渥美格之進(中村歌之助)と佐々木助三郎(中村福之助)と伴に旅をしているという設定は、テレビ時代劇でもおなじみだ。
悪は回船問屋港屋の主人・辰五郎(片岡亀蔵)と高松藩の側用人で藩政を牛耳っている山崎又一郎(中村亀鶴)の二人だ。山崎は勘定方に在任中、多額の使い込みをして、その穴を辰五郎に補填させ、また帳簿の改竄をしている。一方、辰五郎は山崎と結託して、藩の御用達だった同じ回船問屋の讃岐屋に抜荷の冤罪を着せて追い落とし、藩の御用達商人の座を奪った。
今度は名刀「法城寺正弘」を所持しているうどん屋に居候している爺さん、光右衛門(実は光圀)から騙し取って、藩主の頼常に差し出せば、山崎の藩内における地位は益々向上する。そして、辰五郎は藩主が直接差配する塩田開発の許可を得て、莫大な利益をあげたいと目論んでいる。
この結託を光圀と助さん格さんが察知して、高松下屋敷の場において山崎が亭主役で頼常(中村歌昇)を招いて紅葉狩の宴が催されるところで、悪の二人組にギャフンと言わせるところが痛快だ。山崎が法城寺正弘の脇差を頼常に献上すると、「これは実父光圀愛用の刀だ」と言って、頼常が山﨑に詰問。古道具屋で入手したなどと誤魔化していた辰五郎はアタフタするばかり。そこへ、光圀が現われ、山﨑と港屋の一連の悪事が暴かれるという…。
と同時に、かつては高松一の回船問屋だった讃岐屋の娘おそで(坂東新悟)の、港屋に欺かれて父親が入牢の末にこの世を去った悔しさから、いつか讃岐屋再興を願う一心な気持ちに光圀ならずとも客席の僕も心打たれた。上方に行って行方知らずとなっていた弟の長次(中村虎之介)との運命的な再会によって、姉弟の手によって讃岐屋を再び立ち上げる希望が見えたのも良かった。
また、光圀が実子の頼常に高松へ養子に出した経緯を率直に話すと、頼常も父を恨んだこともあったと正直に答え、これまで藩の政治を部下任せにして、好きな能狂言にかまけていたことを反省。親子二人で讃岐うどんを食べる最後の場面にとても温かいものを感じた。