二代目橘家文蔵二十三回忌追善興行、そして集まれ!信楽村

鈴本演芸場九月下席六日目昼の部に行きました。二代目橘家文蔵二十三回忌追善興行だ。ヒザの正楽師匠の高座で「竹の水仙」という注文があったが、先代文蔵師匠の得意ネタだったらしい。

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二代目橘家文蔵は昭和14年生まれ。昭和30年に八代目林家正蔵に入門し、勢蔵。昭和33年、二つ目昇進。昭和43年、二代目橘家文蔵を襲名し、真打昇進。平成13年、逝去。享年六十二。僕が強烈に記憶にあるのは、たった一人の弟子だった文吾が文左衛門を襲名して真打に昇進する直前に亡くなってしまったことだ。当代の文蔵である。

芸風は派手というより、ほのぼのとして、わかりやすい語り口を身上とした。若手からも稽古代として絶大な支持を受ける存在で、今席に出演している噺家の多くが、噺を習ったという。“昭和の名人”六代目圓生にも稽古をつけたことがあるというエピソードの持ち主だそうだ。

当代文蔵いわく、おだやかな性格で、怒鳴られた記憶がないという。ただ、落語に対して、特に正しい日本語の使い方には厳しい人だったと振り返った。鼻濁音もしっかりと守るように言われた、と。

きょうの文蔵師匠の「ちりとてちん」。世辞の良い六さんを表情、仕草、そして台詞廻しで巧みに表現していたのが印象的だった。一方の寅さんの知ったかぶりがそれによって引き立つ。灘の生一本?どうせ水で割ってあるんだ。鯛の刺身?腐っても鯛。刺身はマグロの中トロに限る。鰻の蒲焼?どうせ養殖だろう?餌を与えて太らせた鰻なんか美味くない。

食通を気取る寅さんをギャフンと言わせる、台湾土産のちりとてちん。この匂いが堪らない、懐かしい、レッド、ブルー、グリーン、イエロー、ピンク、5人揃ってちりとてレンジャー!と息巻いていたまでは良かったが、口に強引に押し込むと悶絶。踊りながら食べるの?前衛舞踏家みたいだね!鬼の首を取ったような旦那の誇らしげな勝利宣言が愉しかった。

夜は高田馬場に移動して、「集まれ!信楽村~柳亭信楽勉強会」に行きました。「出生の秘密」「錦の袈裟」「不動坊」の三席。開口一番は春風亭昇ちくさんの「ワンダー」。

昇ちくさんは、信楽さんに「新作を演っていいよ」と言われたので、自作の新作落語を披露。これが面白かった!自分がラジオ出演に寝坊して遅刻したときのエピソードをヒントに創作したもの。ラジオスタジオの様子やジングル音楽、DJの語り口など、実によく雰囲気を出していた。

「出生の秘密」はもはや鉄板ネタ。父親が危篤で駆け付けた病院のベッドで、息子の興味は「自分が父親の本当の息子ではなかった」ということよりも、全財産が閉まってある金庫を開ける番号を聞き出すこと。何度もご臨終になりながら、電気ショックなどで蘇生し、金庫の番号を聞こうとするが…。コントのような馬鹿馬鹿しさは何度聴いても面白い。

「錦の袈裟」はネタ卸し。与太郎が妻帯者という沢山ある与太郎噺の中でも稀有な存在のこの噺の身上は、与太郎と女房の関係性をどう描くか。吉原に行っても良いかどうか、おかみさんに訊いてくるという与太郎に対し、仲間の付き合いなら仕方ないわねと認める女房の理解の深さが良い。その上、錦の褌を締めなくてはいけないというノルマを、お寺の和尚さんの袈裟を借りてきなさいと思い付くのは、さすが与太郎を夫に持つだけあって、しっかり者の女房だ。

信楽さんはこの夫婦関係をしっかりと描いていたと思う。もう少し欲を言うと、女房が跳ねっ返りものというキャラクターを打ち出すともっと面白くなると思った。遊び仲間が伊勢屋という質屋から調達できる10枚の錦の布で都合するのに対し、与太郎には「自分で何とかしろ」とハードルを高くしている。そこを負い目に思っても、「でも与太郎のかみさんは気が強いから何とかするのでは」と推測し、実際に何とかしてしまうところが、この噺の面白さだと思う。

「不動坊」。前半は、お滝さんが嫁さんになることに浮かれて、湯屋に行き、妄想を膨らませるところを愉しく聴かせてくれた。

後半は、「せっかくだから」の万さんのキャラクターの楽しさだろう。せっかくだからチンドン屋のフル装備で登場し、せっかくだから美味しい餡ころを食べてもらおうと隣町の菓子屋まで出向く。そして、馬鹿は自分だけでないことを認めさせようとするところが可愛い。「俺は馬鹿だ。鉄さんも馬鹿であることを認めた。あとは徳さんだけだ!」。ついには徳さんも根負けして、「俺も馬鹿だよ!」。そうなのだ。他人の家の屋根に昇って、幽霊を出そうと躍起になっている三人組の馬鹿なところが、最高に可愛く、愛おしく思えるのだ。