「ふるあめりかに袖はぬらさじ」、そして三遊亭兼好 人形町噺し問屋

新橋演舞場で「ふるあめりかに袖はぬらさじ」を観ました。

昭和45年に有吉佐和子が発表した短編小説「亀遊の死」を基に昭和47年に文学座公演として初演以来、杉村春子の代名詞的な芝居のひとつとなっていたが、昭和63年に坂東玉三郎がそれを発展的に継承して今日に至る。僕は新派の公演で水谷八重子(二代目)、明治座公演で大地真央、そして歌舞伎座公演で玉三郎の主演を観ているが、今回の大竹しのぶ主演はまた彼女の個性がきらめいていて素晴らしかった。

現代にも通じる“瓦版”の罪をまず思う。横浜の遊郭「岩亀楼」の花魁・亀遊は通訳の藤吉と恋仲だったが、アメリカ商人のイリウスに気に入られ、600両で身請けするという話にまで発展した。このことを苦にした亀遊が自害したことは真実である。

だが、異人に身体を許すならば自らの命を絶つことを選んだ“攘夷女郎”という扱い方は明らかに捻じ曲げられた報道である。まして、辞世の句として「露をだにいとふ倭の女郎花ふるあめりかに袖はぬらさじ」と詠んだというのは虚偽だ。話を盛ってしまうメディアの責任。これはネット報道が激しくなる現代において、気に留めておくべきメッセージである。

では、なぜお園はその美談作りに加担してしまったのだろうか。ビジネスチャンスを逃すまいと考える岩亀楼主人の行動はまだ理解できるが、それに易々と乗ってしまったお園に、人の愚かさ、生きることの困難さが流れているような気がする。

お園は決して悪人ではない。寧ろ、男社会の理不尽に振り回された節があって、同情すらする。色と芸を売るしか生きる術のない女たちの、嘘も真も飲み込んで足掻いている姿が切なく映る。演出の齋藤雅文さんが「お園の孤独」と題して、プログラムにこう寄せている。

お園は被害者なのか。お園に悪意はなかったのか。お園は男社会に復讐したのか。そうして、すべての虚飾がはぎ取られ、放り出されたお園の孤独な魂に救済はあるのか。…そんな沢山の思いを込めた舞台になる。ひとつでも皆様の心に染み入ることが出来れば本望である。以上、抜粋。

僕個人の感想としては、お園に悪意はなかったと思う。ただただ、無邪気にヒロイン化した亀遊のことを思い、素直な気持ちで押しかける客の気持ちを満たしていたのではないか。芸人の性、サービス精神というのであろうか。ことのほか、今回の大竹しのぶ演じるお園にはその“芸人の無邪気”を感じたのである。

夜は人形町噺し問屋~三遊亭兼好独演会に行きました。「錦の袈裟」と「鰻の幇間」の二席。前座はげんきさんが無筆小咄、けろよんさんが「真田小僧」。ゲストはパントマイムの山本光洋さん。

「鰻の幇間」。もう9月も下旬に差し掛かろうとしているのに、最高気温33度という暑さ。高座に夏物の着物で出て来た兼好師匠がこの噺を選択したことに何の違和感もなかった。寧ろ、タイムリーとすら思った。

幇間が手銭で鰻を食べていることが判ってから、女中にぶつける連射砲のような愚痴が実に愉しい。2本の徳利の柄の一方が、イヌ、キジ、サルだったのに、もう一方が花咲か爺さん!お猪口は一つは隣りの天麩羅屋の開業祝い、もう一つはなぜか升で、誰か噺家の真打昇進祝い!漬物は胡瓜と奈良漬けが薄く切られていて繋がっていて、万国旗みたい!

本体の鰻が疑わしい。これ、立ち魚だろ!茶漬けにして無理やり食べていた幇間が哀しい。客間で夏休みの宿題をしている子供も問題だが、床の間の掛け軸の文字が「五十歩百歩」!

おまけに勘定書きが9円83銭と高いのは、「お連れ様が“本物の鰻”を五人前お土産に持って帰った」から。いやあ、参った、俺が弟子入りしたいよ、でもどこに住んでいるのか判らない。と、つかさず女中が「センのところでは?」。「お前が言うな!」には笑った。