落語協会黙認誌「そろそろ」04号

落語協会黙認誌「そろそろ」04号を読みました。

冒頭グラビアとインタビューは今年の謝楽祭の実行委員長を務めた立花家橘之助師匠だ。芸人になるべくしてなったような環境で育った。というのも、母親は浅草生まれの長唄の師匠、一緒に住んでいた祖母も深川の材木問屋の娘で三味線の師匠だったという。だから、ご自身も6歳の6月6日から芸事を始めた。

8月の恒例の納涼住吉踊り、今年は45周年だった。芸歴4~5年の若手からベテランの師匠方まで47名の大所帯の師範として、座長の古今亭志ん彌師匠とともに要となってまとめあげている。1月と9月を除いて毎月稽古会が行われていて、丁寧に指導しているお姿の写真も載っていた。

先代の師範の引退をきっかけに住吉踊りを受け継ぎ、15年。この頃は若い人にパワーがあるから、いずれは師範の私だって新しい人に変わって新鮮な空気を入れて、勢いをつけていきたいと語る。

それと弟子にあまねさんを取ったことにも触れていた。“橘之助”になってから、次世代を育てて繋がなきゃって考えるようになったとも。どんなに芸ができても、このまま死んじゃったらその芸は無くなっちゃいますから、遺さなきゃって考えるようになったそうだ。

次に興味を引いたのは、「さようなら 初代国立演芸場」の見開き2ページ。今年10月をもって閉場、建て替えられ、新しい演芸場は令和11年度完成予定である。

こけら落としは1979年3月23日~29日で開催された「日本の寄席芸―東西名人揃い踏み―」。初日のトップバッターが春風亭小朝師匠で「雛鍔」を演じている。そして、その日のトリが奇術の引田天功先生。まさに落語、講談、浪曲、漫才、奇術など様々な分野から錚々たる顔ぶれが並んでいる。

四月定席のチラシも目を引く。上席が桂南喬、牧伸二、キャンディーボーイズ、神田山陽、三遊亭圓歌、東京ボーイズ、東家浦太郎、三遊亭右女助、引田天功、柳家小さん。中席が柳家小三太、小金井芦州、翁家トリオ、前田勝之助、シャンパロー、桂小南、天中軒雲月、古今亭圓菊、松旭斎美智・幸子、桂米丸。協会を超えて顔付けされていることが素晴らしい。

「イラストレーター とつかりょうこの世界」も興味深い。落語会のチラシや噺家さんの手拭いなどで、しばしば目にするとつかさんのイラストはとても魅力的だ。

札幌から東京に出てきて、生の落語を観るようになるだけでなく、長唄を習い始めたというのがすごい。そのときの教室でまだ二つ目だった入船亭扇辰師匠と出会う。それで、落語会のチラシのデザインをさせてほしいと願う。

それまでは趣味で架空の落語会のチラシを作っていて、いつか本物の落語会のチラシを手がけてみたいなあと思っていたという。すごい。

落語を聴いているときはただ楽しんで聴いているが、いざ描こうとすると、「ココッ!」というのが見えてくるという。「あのシーンを描きたい」と悩まずにすぐ描けるという。

これまでで会心の作品を一つ選ぶとしたら、「鰍沢」だという。扇辰師匠は「あれには度肝を抜かれたよ」という。鉄砲に打たれて、「助かって良かったね」というシーン。北斎の崖の絵に感銘を受けてチャレンジしたら、自分なりの「切り立った崖」の感じが描けた。くだらない感じに仕上げられたのも気に入っているという。(「そろそろ」44頁を是非ご覧ください)扇辰師匠が「よくこのシーンを選んだなという、そのセンスがすごい」と絶賛しているのが判ります。

というわけで、「そろそろ」04号、新真打インタビューやら、新二つ目インタビューやら、人気連載の(?)五明楼玉の輔師匠の「ソロ者(もん)の部屋」やら、面白い記事が満載。是非!