「妹背山婦女庭訓」第一部、そして阿久鯉・伯山「畔倉重四郎」俥読み②

国立劇場9月歌舞伎公演 通し狂言「妹背山婦女庭訓」第一部を観ました。国立劇場の歌舞伎公演では平成8年以来、27年ぶりの上演ということだ。

序幕の春日小松原の場、二幕目の太宰館花渡しの場も良かったが、やっぱり三幕目の吉野川の場、およそ2時間の舞台は見応えがあった。

大判事清澄(尾上松緑)とその息子の久我之助清舟(中村萬太郎)の大判事グループと、太宰後室定高(中村時蔵)とその娘の雛鳥(中村梅枝)の太宰グループが敵対している関係に思えるが、実は時の権力者である曽我入鹿(坂東亀蔵)に難題を仕掛けられて困っている運命共同体であることが判り、最後に入鹿を欺き、お互いを許し合う関係になるというのが、この芝居の見どころだ。

久我之助と雛鳥はお互いに一目惚れした相思相愛の関係にありながら、それがゆえに、相手のことを慮って、自分が犠牲になろうとしたために、二人とも悲運な最期を遂げてしまうというのが、とても哀しいラブストーリーだ。春日小松原の場で吹矢筒を使って“囁き筒”でお互いの気持ちを告白するという初々しさがとてもラブラブだっただけに、吉野川の場では胸が張り裂けそうになる。

雛鳥は「真に久我之助を愛しているなら、入鹿の后となり、想い人の命を助けるのが貞女の道ではないか」と母親の定高に諭され、泣く泣く得心する。だが、定高は雛鳥の運命を悟っていた。そして、娘を入内させるよりも、久我之助への操を立てさせるために、首を切って入鹿に引き渡すつもりだった。これによって久我之助との純愛を貫けると、雛鳥も覚悟が決まった。

一方、久我之助は父の大判事に、入鹿が命を狙っている采女の局(坂東新悟)の入水を偽装したことを告白し、切腹を願い出る。大判事もまた、息子が入鹿の許に行けば、采女の行方を巡って拷問の恥辱を受けると悟っており、自害によって疑いを晴らすしかないと考え、申し出を受け入れる。

久我之助は腹に刃を突き立てた。介錯に立つ父は、この世の名残に恋人の姿を見せようとするが、息子はそれは未練だと言って拒む。雛鳥が絶望して命を絶つことがないよう、入鹿の命に従ったと見せ、自らの死を知らせないでほしいと父に懇願する。父は涙を堪えながら、咲き誇る桜の枝を川に流した。

これを受けて、久我之助の無事を知った雛鳥は喜び、定高も満開の桜を川に流す。それを見た久我之助は雛鳥が無事であると思い安堵する。しかし、それも偽り、晴れやかな顔で手を合わせる雛鳥に、定高は娘の首を討つ。母の慟哭が山間に響き渡り、大判事と定高は顔を見合わせる。

互いに、せめて相手の子の命だけは救おうと我が子を犠牲にしたのもかかわらず、全ては水の泡になったのだ。ああ、なんという…。定高が雛道具の籠に娘の首を載せ、川に浮かべる。流れ着いた雛鳥の首を大判事が受け取り、瀕死の久我之助に添わせる。涙、涙の“祝言”に胸が熱くなった。

夜は神田阿久鯉・神田伯山「畔倉重四郎」俥読みの二日目に行きました。重四郎が次々と自分の欲望のままに人を殺害していく姿に、爽快感すら覚える。

第5話「金兵衛殺し」神田阿久鯉

栗橋の賭場、鎌倉屋金兵衛のところでボロ負けして、スッカラカンになった重四郎が、待ち伏せして金兵衛を殺害するというのは、もはや殺人に対して罪悪感を覚えなくなってしまったのか。しかも、その殺害現場に悪友から借りた三五郎の名入りの扇子を置いてくるというやり口も酷い。

金兵衛の用心棒、安田掃部、三田尻の茂吉、練馬の藤兵衛の3人が追ってくるのを、博奕仲間の熊坊のいる辻堂に匿ってもらって難を逃れたにも拘わらず、口封じのために熊坊を殺してしまう極悪非道ぶりだ。

第6話「栗橋の焼き場殺し」神田伯山

用心棒3人は金兵衛の殺人犯は証拠の扇子から三五郎だと思っている。重四郎は金兵衛宅に悔やみに堂々と行った上で、安田らの三五郎探しに協力するとまで言ってのける大胆不敵だ。栗橋の焼き場で待ち伏せ、三五郎と一緒に用心棒三人組を全員殺害し、死体を焼却してしまう。さらに、焼き場で働く弥十も口封じのために殺害するという徹底ぶり、すごい。

第7話「大黒屋婿入り」

三五郎と別れた重四郎の旅先である女性と出会ったのは、幸運だろう。神奈川宿脇本陣旅籠屋兼女郎屋を営む大黒屋重兵衛の後家、おときだ。おときが財布を紛失して困っているところを救って恩を売っただけでなく、男の魅力によって“いい仲”になる凄腕だ。そして、二代目大黒屋重兵衛に収まるのだから。

藤沢で金飛脚が襲われ、500両が強奪された事件が起きると、その宿に泊まった犯人を「逃走の手引きをしてやる」と裏道を案内、隙を見て殺害し、その500両も自分のものにしてしまう悪党ぶりにもはや感心する。ただ、重四郎が宿に戻って井戸で返り血を洗っているときに、遊女のおふみがその現場を目撃したことが、この物語の伏線に…。

第8話「三五郎の再会」

イカサマ博奕を見破られ、追われて逃げ込んできた男。救ってやると、これが三五郎だった。悪事をしながらも世間をうまく渡ってきた重四郎に対し、三五郎は相変わらず鳴かず飛ばず。“腹違いの兄弟”ということにして、遊女のおふみを女房に持たせ、小間物屋をさせるが、根っからの怠け者。ろくに働かずに、博奕ばかりして、重四郎に金の無心を繰り返す。

ここが重四郎と違って、ダメ人間なのだろう。重四郎も大黒屋重兵衛としての保身があるから、三五郎の強請りには強く言えない。疎ましくなってくる。そして、おふみが「なぜ、兄弟とはいえ、こんなにも簡単に金を与えるのだろう」と不審に思う。これも物語の伏線だ。