気軽に志ん輔、そしてさん喬・権太楼特選集
「気軽に志ん輔~古今亭志ん輔独演会」に行きました。「蚊いくさ」「麻のれん」「死神」の三席。そのうち「蚊いくさ」と「麻のれん」はネタ卸しである。
「蚊いくさ」は初めて聴いた。剣術に凝った八百屋の久六さん。女房が家計のやりくりに困って、蚊帳を質に入れてしまった。さあ、蚊たちと一戦を交えると意気込む。家を城に見立て、蚊の軍勢を誘き寄せてから、蚊遣り=狼煙を上げて蚊を退散させようと試みるが…。漫画のような噺だけに、いかにユーモラスに表現できるか。志ん輔師匠の独特の可笑しみが生きている印象を持った。
「麻のれん」。按摩の杢市さんの強情っぱりをコミカルに描く。私は生まれついての盲目、なまじ目が見える方が不便、と強がる。旦那の家の構造も判っているから、案内は要らないと意地を張って断るところ、可愛いなあと思う。
「死神」。枕元の病人には手を出すなとあれだけ繰り返し念を押されていたのに、貧してしまって万やむを得ずに、足元と枕元をひっくり返して呪文を唱えてしまった男に待っていたものは…。
夥しい蝋燭が並ぶ祠に連れていかれ、死神に「自分で自分の寿命を売ったんだ」と言われたら、これは「一万両欲しい」と思ってしまった男の欲望への代償と受け取るしかないだろう。最後に燃え差しに火を繋いで喜んだのも束の間、死神に息を吹かれ火が消えてしまうのが哀れである。
夜は鈴本演芸場八月中席九日目夜の部に行きました。第34回納涼名選会 鈴本夏まつり「吉例夏夜噺 さん喬・権太楼特選集」だ。きょうはさん喬師匠が「茶金」、権太楼師匠が「青菜」のネタ出し。尚且つ、上方落語の露の新治師匠、喬太郎師匠、一之輔師匠という、お盆興行らしい豪華な顔付けである。
「浮世床~本」柳家さん光/奇術 アサダ二世/「鉄の男(序)」柳家小ゑん/「野ざらし」古今亭菊之丞/漫才 風藤松原/「すなっくらんどぞめき」柳家喬太郎/「新聞記事」春風亭一之輔/「仏馬」露の新治/中入り/ものまね 江戸家猫八/「茶金」柳家さん喬/紙切り 林家正楽/「青菜」柳家権太楼
さん喬師匠の「茶金」。茶金さんが6回首を傾げた茶碗を何とか手に入れて、大儲けをしようという油屋の八五郎。茶店の主人も「あの茶金さんが目を付けた茶碗」の価値は当然判っていて譲らないが、最後には八五郎が「譲ってくれないなら叩き壊す」と脅し同然に、3両と商売道具を渡して茶碗を奪い取る強引さがまず目を引く。
だけれども、茶金にその茶碗を見せると「一文の値打ちもない」茶碗であることが判明したときの愕然。茶金さん曰く「これ、洩るねん」。強気から愕然への変換が面白い。八五郎の言い草もいい。「やたらと首傾げないでほしい」。6回傾げたので、600両と踏んでいた計算も安直で可笑しい。
この後の茶金さんの対応が素敵だ。「商売は信用が宝。一攫千金、濡れ手に粟は良くない」と言って、“お詫び”に3両を渡し、尚且つ「油屋の商売道具を捨ててはいけない」と言って、買い戻す代金として5両を貸す。子どものような八五郎に対し、大人の対応の茶金さんがなるほど人格者だと思わせる。
この噺でもう一つ面白いのは、その洩るだけで何の価値もない茶碗が、話のタネとして、近衛大臣に伝わり、さらに時の帝に伝わったことだ。その帝が箱書きに「はてな」と書いたことによって、600両どころか、千両の価値が付いて、鴻池善右衛門が買い求めたというエピソード。モノの価値というのは、絶対的なモノというのはなく、何かがきっかけとなって高くもなり、低くもなる、相対的なモノであるということ。だから、人生は面白い。
権太楼師匠の「青菜」。この噺の植木屋とその女房のキャラクターが、権太楼師匠にぴったりとはまっていて、言葉以上にその表情やら仕草やらが登場人物を実によく表現している。
お屋敷で旦那とやりとりする植木屋。酒をガラスのコップで飲む、鯉の洗いがぶっかき氷の上に載っている、そして「菜は食べてしまってない」ということを隠し言葉で伝える。これらは長屋の住人とは一段違った上流階級のお屋敷ならではの暮らしぶりで、それは戸惑ったり、憧れたり、はしゃいだりとリアクションする植木屋に顕われている。うちの女房だったら、「三銭で買った菜っ葉がいつまであると思ってんだ!」ですよ、という一言によく出ている。
植木屋の女房のキャラクターは強烈だ。「忙しいんだよ!…煙草吸っているんだから」「鰯の頭には滋養があるんだ!カルシウム。だから、犬は風邪ひかない。(犬と俺を一緒にするな!に)犬は高く売れるからね」「(三ツ指を突く形を見て)そういう蛙が出ると明日は雨だね」「旦那様?右や左の?…(隠し言葉を聞いて)火傷のまじないかい?」。これらの台詞が権太楼師匠から出ると、本当にそういう長屋の強い女房が目に浮かぶから愉しい。
この夫婦の馴れ初めは、上野動物園でのお見合い。カバの檻の前で2時間待たされて、やっと来た女だから、「いい女だと思っちゃった!」。仲人をした稲葉の旦那の策謀だと訴える亭主だが、まんざらでもない。
さっきの隠し言葉を誰かが来たらやってみよう!と亭主が言い出し、女房が了解するんだもの。似た者夫婦なんだよね。「元は華族様じゃないか?」と思わせようなんて、笑えるよなあ。