蜃気楼龍玉「怪談乳房榎」通し口演

葉月の独り看板　蜃気楼龍玉「怪談乳房榎」通し口演に行きました。すごかった！三遊亭圓朝の原作の魅力は勿論だが、落語作家の本田久作氏による特に後半の脚色が素晴らしかった。そして、それをしっかりと演じる龍玉師匠の技術の高さにも惚れ惚れした。

おきせ口説き／重信殺し／中入り／十二社の滝／赤塚村乳房榎

前半は磯貝浪江の策略が次々と展開していく様に圧倒される。仲買の竹六を介して絵師・菱川重信に弟子入りするのも、その妻おきせが目当てだ。そして、おきせを口説くタイミングを虎視眈々と狙っている。

重信が南蔵院に泊まり込みで龍の絵を描く仕事が舞い込み、下男の正介を伴って夢中で絵に没頭する隙を磯貝は見逃さない。腹に差し込みが…と装い、おきせに関係を迫り、叶わないとなると、乳飲み子の真与太郎を人質に取り、半ば強姦に近い形で磯貝はおきせと男女の仲になる。最初は「一度きり」と言っていたのが、二度三度となり、ついにはおきせ自身から磯貝に求めてくるようになるというのも、計算済みだったのだろう。

磯貝の次なる行動は重信殺害だ。おきせを自分だけの女にするという欲望に手段は選ばない。南蔵院に陣中見舞いに行き、正介を料理屋に連れだす。叔父甥の関係を結ばせて、その上で重信殺しの作戦を打ち明け、加担するように依頼する。断れば自分が殺される恐怖に、正介はただ承知するしかない。磯貝がおきせに関係を迫ったときと同様、正介にも有無を言わせぬ圧をかけたのだろう。

そして、正介は重信を落合の螢狩りに誘い出し、磯貝は重信殺しを実行する。正介が南蔵院に戻って、「重信先生が狼藉者に襲われた」と駆け込んだが、寺の中では重信がなぜかいて、雌龍の手を描き上げ、自らの名前を認めて、落款を押す。正介だけでなく、聴き手である僕自身もこのときの恐ろしさに震える。

後半。重信の三十五日。仲買の竹六の口添えで、おきせは磯貝と再婚をする。程なくして、おきせは妊娠。磯貝にとって邪魔になるのは、真与太郎だ。正介を料理屋に呼び出し、今度は真与太郎殺害を依頼する。重信殺害と同様、磯貝は有無も言わせぬ形で迫り、正介は承知する。

犯行現場は十二社の滝。この滝壺に真与太郎を落とす。が、そのときに奇跡は起こった。重信の亡霊が現われ、真与太郎を抱きかかえているのだ。そして、正介に真与太郎の養育を依頼する。大恩ある重信の頼み、正介は真与太郎を連れて、自分の田舎である練馬赤塚村へ逃げる。

赤塚村には乳房榎という木があり、そこから出る露を乳房に付けると母乳の出が良くなったり、腫れ物が治ったりするというご利益がある。そのために、連日訪れる客があり、正介は乳房榎の前に茶店を営み、生計を立てた。

そこに仲買の竹六がやって来る。正介とは4年ぶりの再会だ。なんでも、おきせの腹の子は死産し、その後も乳の腫れに悩まされて寝込んでいる、そのためにこの乳房榎の露をもらいに来たのだという。正介は「あそこで木に登って遊んでいるのは真与太郎で、元気に育っている」と言った後、ただこのことは磯貝には言わないでくれと頼む。

乳房榎の露を持参した竹六が磯貝の許へ。そのとき、つい口を滑らせて正介のことを喋ってしまう。おきせが乳の腫れの痛みを訴えるので、磯貝が絵筆に露を含ませ、乳に塗ってやる。だが、おきせの痛みは増すばかり。いっそ、痛みの元になっている腫れ物を切ってくれと頼む。磯貝は脇差で切ろうとしたとき、おきせの乳から雌龍の右手が伸びてきて、磯貝を襲う。無我夢中で応戦するうち、磯貝はおきせを滅多斬りにして殺してしまった。

磯貝は真与太郎憎しと、赤塚村の乳房榎に向かう。そして、真与太郎を斬ろうと上段に構えたとき、何者かの力が加わって、腕が動かなくなってしまった。その磯貝の胸を真与太郎が刀で刺し、磯貝は命を落とす。ここに重信殺しの仇討を見事に果たしたのである。

尚、重信とおきせが住んでいた柳島の家は、売りに出され、飯島平左衛門という旗本が別宅として購入。飯島の娘は乳房榎の露から、お露と名付けられたという。これが「牡丹燈籠」に繋がっていく話として幕を閉じた。とても良い脚色だった。