通し狂言「菊宴月白浪」三幕、そして柳家三三「殿様と海」

歌舞伎座で七月大歌舞伎昼の部を観ました。三代猿之助四十八撰の内「通し狂言  菊宴月白浪 忠臣蔵後日譚」三幕~市川中車両宙乗り相勤め申し候である。

文政4年(1821年)に四世鶴屋南北が書き下ろして初演され、昭和59年(1984年)に三代目市川猿之助(現猿翁)が163年ぶりに復活させた狂言で、今回は31年ぶりの上演となるそうだ。

演出としては、さすが三代目猿之助と思わせる凧の往復宙乗りをはじめ、迫力ある花火や大屋根の立ち廻りなど、スペクトル感溢れる工夫が施され、客席を大いに沸かせたが、それ以上に“大南北”の筆が冴えわたる忠臣蔵後日譚の面白さに惹かれた。

「忠臣蔵」では悪人である斧定九郎が、塩谷家再興に尽力するために、盗賊・暁星五郎としてヒーロー的活躍をするのが愉しい。父の九郎兵衛が仇討ちに加わらなかったのは、万が一亡君の仇である師直を討ち漏らしたときのことを考え、後詰めの役を引き受けていたという真実。しかし、大星ら四十七士が見事に仇討本懐を遂げたので、自らの出番が無くなり、不義士の汚名を受けて放埓するしかなかったという設定がまず目を引く。

また、定九郎には双子の兄がいて、高野家の家臣垣坂伴内の養子としたが、子供の頃に行方知らずとなっているというのも興味をそそる。これを知った定九郎は紛失した宝の花筐の短刀の詮議と、高野家の重宝の菅家の正筆を奪い取るために盗賊となる決意をし、亡君の尊霊に恥辱を与えないために名前を暁星五郎と改めたというエピソードも面白い。

女伊達の金笄のおかると定九郎との関係も興味深い。おかるは塩谷家に奉公していたときに、顔も知らぬ相手と契りを交わしており、また会う時の印に貰った笄を挿して、相手への操を立てている。最終的に定九郎の双子の兄と判る仏権兵衛がおかるに女房になってほしいと願い出たときに、これをおかるが一旦は拒むのはそういう理由からだ。

おかるの父である与一兵衛から五十両の財布を奪い殺した直助へ仇討ちするための助太刀をすると言う権兵衛におかるは心を打たれ、仮の夫婦となるが、決して一つ寝はしなかった。それが最終盤になって、星五郎(定九郎)が権兵衛の石屋を訪れたときに、おかるが頭に挿した笄を見て、その片割れの笄を取り出す。おかるが操を立てた相手が星五郎だったことが判明し、思いもよらぬ再会を果たすのも、ストーリー展開として面白かった。

定九郎、権兵衛、おかるという三人の関係性はこの芝居のほんの一部の要素に過ぎない。ほかにも幾つもの人間関係の綾が絡み合って、大変に興味深い物語が構築されている。四世鶴屋南北の面目躍如たるものがある、愉しい芝居であった。

夜は鈴本演芸場に移動して、七月下席夜の部を観ました。今席は「三三長講十夜~真夏にあえて汗をかく~」と題して、柳家三三師匠がネタ出しの興行だ。10日間のラインナップは①三人旅②三軒長屋③嶋鵆沖白浪④殿様と海⑤芝のタライ⑥猫定⑦乳房榎⑧鰍沢⑨富久⑩文七元結。四日目のきょうは「あえて新作な夜」というサブタイトルが付いて、三遊亭白鳥師匠の作品「殿様と海」を演じた。

「子ほめ」三遊亭歌ん太/「権兵衛狸」柳家小はだ/太神楽 鏡味仙志郎・仙成/「不精床」林家しん平/「あちたりこちたり」柳家福治/漫才 風藤松原/「手紙無筆」五街道雲助/「粗忽長屋」柳家はん治/中入り/マジック 花島世津子/「宮戸川」柳亭左龍/紙切り 林家正楽/「殿様と海」(三遊亭白鳥作)柳家三三

「海に出て、魚を釣りたい!」という殿様の“下手の横好き”に苦労する三太夫は、「ヘボでも釣れる魔法の釣り竿」を手に入れて、殿様と一緒に船に乗って沖に出るが…。

10年前に知り合いの大名に誘われて釣りをしたら、ビギナーズラックで大きな鯛を釣り上げ、釣りに目覚めてしまった殿様。だが、それ以降は釣りに行っても雑魚一匹釣れないために、機嫌が悪くなるばかり。だが、あの鯛を釣り上げたときの感触が忘れられずに、駄々をこねる殿様を何とかしようと三太夫が頑張る姿が何とも微笑ましい。

大工の留吉に教わった、田原町の魚鱗堂という釣道具屋を訪ねた三太夫は、六代目魚一という爺さんから、魚が釣れる穴場を書いた秘伝の書とどんな初心者でも釣れる魔法の釣り竿を貰い受け、釣りに出かけることに。何でも初代魚一は三代将軍家光公に釣りを指南したこともある名人だったとか。

秘伝の書の通り、羽田の穴守稲荷の鳥居を背にして一里沖に出る。そして、魔法の釣り竿を垂れる。何とこの釣り竿、喋る!名人だった初代魚一の骨を使って、左甚五郎が魂を籠めて拵えたもので、その魚一が喋る通りに竿を操るとどんどん釣れる仕組みになっている、というのが白鳥作品らしい荒唐無稽な設定で面白い。

なのに、殿様はこの釣り竿が喋ることに耳を貸さない。魚が餌を食っているから、引け!というのに、引かないのだ。ビギナーズラックだった鯛を釣ったときの、竿がしなるような感触にこだわっていて、頑固なのだ。

仕方がない。魚一は殿様でも引きたくなるような大物の魚を探す。すると、太平洋からやって来た全長3メートルもあるホンマグロを見つけ、渾身の力をこめてこれに食らいつく。殿様も必死に釣り竿を引っ張る。竿は満月のようにしなる。

マグロの重みに負けて、殿様は海の中へ落ちる。だが、釣り竿はマグロに食いつき離さない。そして、殿様にマグロの背中に乗れ!と指示を出す。イルカに乗った少年ならぬ、マグロに乗った殿様だ。

そのまま、殿様は船に帰還。見事に3メートルのホンマグロを釣り上げる(?)ことに成功!座布団を丸めてマグロに見立て、その上に乗る殿様=三三師匠がイキイキと躍動している痛快な高座だった。