歌舞伎「双蝶々曲輪日記」―引窓―
歌舞伎鑑賞教室「双蝶々曲輪日記―引窓―」を観ました。
中村芝翫演じる南与兵衛と中村錦之助演じる濡髪長五郎の義兄弟のお互いを思いやる気持ちに感じ入る。与兵衛にとっては継母、長五郎にとっては産みの母になるお幸(中村梅花)が二人の間に挟まり、心が揺れ動く様にも胸が熱くなった。
与兵衛は父親の役職だった郷代官を継げなかったが、それがようやくその身分を許され、喜びも一入だったろう。だが、その初仕事が長五郎を捕らえることだったという、何という皮肉よ。自分の手柄は棄てて、お幸と長五郎の母子愛を大切にして上げようという気遣いに心打たれる。
長五郎は恩のある贔屓筋の若旦那のために人を殺めてしまった。ここは潔くお縄にかかって、与兵衛に手柄を立てさせることで、その優しさに報いようと思う。だが、その一方で実母のお幸は倅を助けたいと思っている。その愛情を受けてみたいというのも、実の息子ゆえの本心だろう。
芝居後半、お幸が与兵衛に向かい、長五郎の人相書きを売ってくれと頼む。この一言で、与兵衛は全てを察し、人相書きを譲るだけでなく、それとなく抜け道を教える。お幸が長五郎を匿っていることにも気づいており、そこを何も言わずに、夜廻りに出るところなど、何というカッコよさなのだろう。
一方、長五郎はお幸の段取りで前髪を剃り、さらに与兵衛のミラクルで黒子までももみ消し、密かに夜のうちに逃げる手筈が整う。だが、余りにも与兵衛の情けが深すぎて、長五郎は「自分の身柄を与兵衛に渡してくれ」とお幸を説得する。お幸も我が子の本心を知り、引窓の縄で長五郎を縛るが…。
自分のことよりも、相手のことを思う与兵衛と長五郎の“優しさの綱引き”とでもいうのだろうか。その思いやりの精神が素晴らしい。
兎角この世は、我が我がの自分の欲望優先の時代。そういうご時世だからこそ、この「引窓」のようなお互いを思い合う気持ちを少しでも持てるような人間になりたいと思う。