19時40分の残酷~オモ(重)クラ(暗)い喬太郎~「鬼背参り」

鈴本演芸場7月上席千秋楽夜の部に行きました。「19時40分の残酷~オモ(重)クラ(暗)い喬太郎~」、最終日のきょうは夢枕獏作「鬼背参り」だ。作家の夢枕獏先生が2005年にSWAのメンバー5人(当時は神田山陽先生も在籍)に向けて書いた新作“楽”語(口演は2006年9月「SWA獏噺の会」@国立演芸場)のうちの1本である。

「寿限無」柳亭左ん坊/「親子酒」柳家やなぎ/奇術 アサダ二世/「あくび指南」柳家さん花/「スナックヒヤシンス」林家きく麿/漫才 ニックス/「藪医者」柳亭市馬/「紙入れ」古今亭菊之丞/中入り/ものまね 江戸家猫八/「長短」入船亭扇橋/紙切り 林家二楽/「鬼背参り」(夢枕獏作)柳家喬太郎

やなぎさん、ばあさんに酒を用意させる奥の手とは?アサダ先生、私、失敗しませんので。さん花師匠、八五郎の不器用ぶりが愉しい。きく麿師匠、ヤマダですぞ!恋のオーライ、坂道発進。ニックス先生、そうでしたか。

市馬師匠、医者と権助のやりとりが可笑しい。菊之丞師匠、糞詰まりのチン。猫八先生、あなたが噛んだ小指が痛い。扇橋師匠、本当に怒らないかい?なんだか怒りそう。二楽師匠、鋏試しは芸者さん(カネゴンバージョン)。注文で、花火、F1、いずれもウルトラバージョン!

喬太郎師匠、重い暗いというより、人情噺。ただただ、お美津の四方吉への一途な愛に胸が締め付けられるばかりだ。焦がれ死んだ後も、鬼となって四方吉と逢える日を待ち続け、想いを果たすという…。純粋過ぎる愛の美しさよ。

それにしても、若旦那の四方吉は仕方のない男だ。気立ての良いお美津という女性と半同棲をしていたのに、その幸せを捨てて、お静という女性と上方に駆け落ちしてしまうとは、なんということだろう。その後、お静に捨てられ、2年後に江戸へ戻ってきて、お美津は元気かい?と問うのは余りにも無神経すぎる。

お美津は四方吉のことをずっと思い続け、痩せ細って、顔色が悪くなり、やがて死んでしまった。家には骨と皮になった亡骸だけが残って、菊の香りに似た匂いでむせ返るようだったという…。そして、弔いを済ませ、亡骸を焼き場に運んでも、棺桶の中はもぬけの殻。家に戻るとお美津がそこにいる。また焼き場に運ぶが、同じように家に戻っている。それを繰り返すというのは、まだ四方吉の帰りを待ち望むお美津の心を表わしているのだろう。

毎晩、四方吉の友人だった善さんの家の戸を叩き、鬼の形相で、「四方吉さんはどこにいるの?」と尋ねるお美津の姿を想像すると、とても切ない。善さんの裏の顔、陰陽師の力を借りて、お美津を成仏させるために四方吉は彼女の背中にまたがり、両手で髪を掴み、夜明けを待つ。「声を出しちゃいけない」「背中から降りてもいけない」という善さんの教えに従っていれば、朝になって陽の光を浴びると、鬼のお美津は灰に化すという…。

お美津の背中に乗った四方吉はやがて生えてきた二本の角に掴まって屋根から屋根へと飛んでいく。お美津は「四方さんの匂いがする」「四方さんが近くにいる」「四方さんはどこ?」と叫びながら、二人の思い出の地を巡る。大川端。船遊びをした。観音様。よくお参りをした。上野の山。花見をした。四方吉もあの頃を思い出す。

角の間に、源内櫛があるのを見つける。四方吉がお美津に夜店で買ってやった安物だ。こんなものを後生大事にしてくれていたのか。胸に迫るものがある。そして、四方吉は声を出してしまう。「お美津!俺はここだよ」「四方さん!」「すまないことをした。いや、すまないでは済まされないことを俺はしてしまった。大馬鹿野郎だった。堪忍してくれ。戻ってきたよ」。こんな言葉では許されないほど、四方吉はどうしようもないことをしでかしてしまった。だけど、これが四方吉に出来る最大限のお美津への愛情表現だったのだろう。

その後のお美津の言動が胸を締め付ける。簪を四方吉に渡すのだ。この簪は、珊瑚の五分玉で、四方吉がお静にあげるために買い求め、酔っ払ってドブの中に落としてしまったものだ。それを四方吉はお美津が盗ったと思って責め立て、殴ったことがあった。その謂れのない罪を晴らそうと、お美津はドブに浸かって必死に探して見つけたのだった。

「私、盗ってない。ドブの中に落ちていた。それを渡したかったの。恨んでいないよ。でも良かった。渡せた」。このお美津の言葉に、四方吉は返す言葉もなかったろう。陽に当たると灰になってしまう、何とか生き返らせることはできないか。四方吉は必死になるが、悲しいけれど、もう遅いのだ。

「ありがとう」。お美津の最後の言葉に、胸が苦しくなった。