19時40分の残酷~オモ(重)クラ(暗)い喬太郎~「わからない」

鈴本演芸場7月上席八日目夜の部に行きました。「19時40分の残酷~オモ(重)クラ(暗)い喬太郎~」、きょうは三遊亭円丈作「わからない」だ。僕は初めて聴いたのだが、初演は円丈師匠の生前、シブゲキで開催されていた「実験落語」だったらしい。円丈師匠らしい不条理、理不尽な世界観の創作落語に後頭部を強打されたような、そんな衝撃的な高座だった。

「高砂や」柳家吉緑/奇術 アサダ二世/「安兵衛狐」柳家さん花/「ロボット長短」林家きく麿/漫才 ニックス/「あくび指南」柳亭市馬/「親子酒」古今亭菊之丞/中入り/ものまね 江戸家猫八/「夏泥」金原亭馬玉/紙切り 林家二楽/「わからない」(三遊亭円丈作)柳家喬太郎

吉緑さん、豆腐屋の売り声。アサダ先生、ミリオンカードがもっと見たかった。さん花師匠、偏屈と愚図。花見が墓見に変更。きく麿師匠、はん治師匠のお気に入りのロボット長短。権太楼師匠は小林旭好き。

ニックス先生、そうでしたか。市馬師匠、揺れるともなく、揺れる。菊之丞師匠、羊羹の上に塩辛。猫八先生、ウィーンと腕を上げ、ウグイス。ヌーは何らかの質問を断っている。馬玉師匠、殺せぃ!気の弱い泥ちゃん。二楽師匠、注文でロボット猫八、夏祭り。

喬太郎師匠、不条理落語の極み。ミズタヒロシ、37歳。警察の事情聴取に対し、素直に、無邪気に、わからないことを「わからない」と正直に答え続けたばっかりに、最終的には最高裁で死刑判決を受け、死刑が執行される理不尽。このことを、聴き手である私たちはどう受け止めればいいのか。しばし茫然とした。

ミズタは泥酔して、意識を失い、豚箱の中に一晩留置され、朝方に解放された。それはいつものことだった。ところが、帰宅しようとするミズタを刑事が呼び止め、本署に連れて行かれ、事情聴取がはじまった。

昨夜23時頃、何をしていたのか?お前の家族は何をしているのか?金に困っているのか?これらの尋問に対し、ミズタは「わからない」。上池袋でミズタを目撃したという証言があり、防犯カメラにもミズタらしき人物が映っているという。だが、ミズタの答えは「わからない」。だって、酔って記憶を失っているのだから。

強盗致死の容疑。連日のように捜査が進む。被害者の写真を見て、「知らない」と言えばいいのに、素直なミズタは「わからない」と答えた。刑事が作成した供述書には、「難しい言葉はわからない」から、言われるがままにサインした。どんどん、状況証拠が積み重ねられていく。

ミズタの素直な「わからない」という回答は、検察側にも、裁判官にも、「反省していない」「ヘラヘラしている」と不利な心証しか与えなかった。弁護士もこれでは弁護のしようがない。

地裁で懲役15年、高裁で懲役10年、最高裁では死刑判決が出た。そういう状況になったことさえ、ミズタには「わからない」。自分はもうすぐ外に世界に出られると思っている。

死刑執行の前、神父の「あなたは神を信じるか?」との問いにも、「わからない」。そして、刑務官の「ミズタ、本当は何をやったんだ?」に、ミズタはただ「わからない」。

現実に、「冤罪」という形で、このような不条理が起きているかもしれない。そんなことに思いを寄せると、ゾッと鳥肌が立った。