国立名人会 立川談春「らくだ」、そして「居残り佐平次」

国立名人会に行きました。立川談春師匠を主任にした昼夜興行、国立名人会としては初めてのことだそうだ。今年10月で閉場する国立演芸場は談春師匠にとっても、かけがえのない存在だったという。談志ひとり会では前座として働いていたし、二ツ目時代や若手真打時代は300席をいっぱいにしようと頑張った。自分にとっては“青春”そのものだったとも。今や300というキャパでは採算が取れない時代になってしまった、そういう意味では演芸に適したこの小屋は国が運営しているからできた、次に立て替えということになればこれと同じようなものは作れないのではないか、そう名残を惜しんでいたのが印象的だった。

「つる」立川笑えもん/「権助提灯」立川小春志/「冬の遊び」桂吉坊/「お血脈」柳家小せん/中入り/「らくだ」立川談春

談春師匠の「らくだ」。らくだの兄貴分の前半は兎に角怖い。「思いついたことペラペラ喋っていると身のためにならないぞ」「俺の名前を言ってみろ・・・丁の目の半次だ!」「誰がらくだの評判聞いてこいと言った?」。恫喝するように強面で怒鳴られると、震え上がってしまう迫力がある。なるほど、生前のらくだも同様の怖さがあったのだろうと推測できる。

大家のところへ行って、酒と煮しめと握り飯をよこせと言いに行けと命じられ、糊屋の婆さんが七十二で死んだときも、店賃3つ溜めているからと通夜に来なかった、大家はしみったれというより、情けがない人間なんだと屑屋は訴える。そんな理屈は丁の目には通用せず、じゃあ、死人にカンカンノウを踊らせると脅せと恐喝を提示する乱暴なところもらくだの兄貴分らしい。

印象的だったのは、言われた通りに屑屋が大家に伝えた後だ。そういうところなんだよ!お前の駄目なところは。古道具屋の若旦那だったお前が身を持ち崩して困っているのを、私が口を利いてこの長屋に出入りできるようにしてやった。その恩人に何てことを言うんだ!屑屋はケチョンケチョンに貶された上に、塩を撒かれてしまう。屑屋に悲哀を感じた。

泣きじゃくって戻ってきた屑屋に対し、丁の目は「誰が泣かしたんだ?」と、それまでの怖いキャラクターから一変して、優しい言葉を掛ける。悪党が人を味方につける常套手段だ。

屑屋が漬物屋から棺桶にする樽を借りてきた後、大家から届いた酒を屑屋に勧める。「死骸を背負って穢れているのだから清めろ」と言われて、「屑屋なんて穢れた商売だから」と答えると、「お天道様の下で荷を担いで歩く、立派な商売じゃないか。穢れているなんて言うんじゃない!」とする丁の目に、一瞬いい奴かもしれないと思ってしまうが、これも手口か。

屑屋が一杯、二杯と注がれた酒を飲む。段々と楽しくなっている。丁の目が「もう一杯飲ませたらどうなるかな?」と言っている間もなく、屑屋は一升瓶を自ら持つ。そして、「俺は味わって飲むんだ」と言う丁の目に、「チビチビ、ペロペロ、娘っ子みたいな飲み方するな」と逆に恫喝し、飲み干すことを命じる。立場が逆転したところで、屑屋は自分の湯呑と丁の目の湯吞にそれぞれ酒を注ぐ。そして、丁の目が意外や酒が弱いということが判明し、弱みを見せてしまうというのが可笑しかった。

らくだに“左甚五郎が彫った蛙”を一分で買わされた恨みを屑屋が丁の目にぶつける。頭に浮かんだのは古道具屋をやっていた親父の知り合いの旦那が蛙好きだったこと、これで儲ければ女房も喜ぶだろうと思ったこと。それが生きた蛙だったときの悔しさと、一分を返してくれずに逆に殴られて額から血が流れたときの屑屋の哀しさが滲み出ていた。

これに対して、丁の目が「許してやってくれ。らくだは図体がでかいと苛められてきたから、そういうやり方でしか気持ちを表せないんだ」と言うと、屑屋は「もっと辛い思いをしている人間がたくさんいるんだ!」と言い返す言葉に、悲しみが憤りに変わっているのを感じた。

屑屋を通して、人間の喜怒哀楽の特に「哀」、そして「怒」の部分が浮き彫りとなって伝わってきて、とても切ない気分になる。でも、それがこの噺の魅力でもあるような気がする。

「浮世根問」立川笑王丸/「締め込み」立川小春志/「足上がり」桂吉坊/「夢見の八兵衛」柳家一琴/中入り/「居残り佐平次」立川談春

談春師匠の「居残り」。佐平次という男は硬軟を自在に使い分けて相手を取り込む術に非常に長けているなあと思う。居残りをすることに慣れているという、この男は新橋の飲み屋で知り合った4人の男を「一人1円で」と誘い、確信犯的に詐欺行為を働いている凄さがある。

翌朝に勘定を払ってもらおうとする若い衆を煙に巻く調子の良さ。男というものは一体どこまで遊び続けることができるのか、もうこれ以上遊びたくない、飽きたという突き当りまでいってみようと考えているんだ、という口ぶりにたまげる。「替り番なんです」と言われると、「替りなさい!」。これで中トロで迎い酒を飲み、湯に入り、甘口の酒を辛口に変えて、鰻茶漬けを食す。

若い衆が「御内所が五月蠅いので」お勘定を支払ってくれと言うと、君が判ってくれているのは判っている、その壁を打ち破りなさい、頑張れ!と逆に応援するという手法。さらに、御内所に伝えてくれと言う形で、「少しは目端の利いた商売しろ!」とドスの利いた口ぶりに変わり、「あとの4人が裏を返す、本物の遊びをするんだ。それがわからないなら、払ってやる。勘定書きを出せ!」と凄むところ、実に硬軟の使い分けが上手い。

最終的に若い衆が泣きを入れると、「悩んでいる顔だね。聞こう!」。「助けてください!お払いを」と頭を下げると、祝詞をあげて「お祓い」、さらに小噺を演って「お笑い」とユーモラスな返しをしていなす。これもいよいよ効かないとなると、勘定書きを貰い、「安い!偉い!」。若い衆に耳元で「お金がない」と小声で囁く。「そんな洒落やめてください!」に、「本当にないんだ。意を決して言っているのに、洒落にする馬鹿があるか!」。最後は「成り行きだね」と居直る。居残り覚悟だから、何も怖くない佐平次である。

居残り決定後の縦横無尽の活躍もすごい。紅梅さんところの勝っつぁんに対し、「ウチカッツァン!」と取り入り、紅梅花魁が骨抜きになっていると、あることないこと並べて、酒を飲み、祝儀を貰う。特に紅梅がカッツァンのことしか頭にないことを叱られて、「悔しい!」と自分の部屋に入って、燗冷ましを呷って、三味線を持って、浮名立ちゃあそれも困るし世間の人に知らせないのも惜しい仲ぁ~と唄って、「カッツァン!」と叫んだというエピソードトークが愉しい。

常連客から場が盛り上がらないと「アレを呼べ」とお座敷が掛かり、イノドーン!と呼ばれて、真っ赤なステテコを尻っぱしょりして登場し、♬とんでったバナナ、♬おもちゃのチャチャチャ、2曲のアイノコみたいな歌を唄う…。居残り目当てで来る客も増えて、店は繁盛というのも可笑しい。

最後は旦那が未払いの50両はチャラにした上に、高跳びする費用50両も用立てして出て行ってもらうが、これだけのことをしてやっても、佐平次で儲かったことを考えると損にはならないという判断も、なるほどなあと思った。

居残りを商売としている佐平次という男は、明治維新で江戸が東京になった時代に、体制への反骨精神を具現化したものだという談春師匠の解釈に合点がいった。

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