「梅雨小袖昔八丈」三幕六場

歌舞伎座で「團菊祭五月大歌舞伎」夜の部を観ました。「宮島のだんまり」「達陀」「梅雨小袖昔八丈」の3演目。

「達陀」は東大寺二月堂の修二会の行を題材に、二世尾上松緑が創作し、昭和42年に初演された舞踊劇。東大寺に伝わる僧集慶と青衣の女人の伝説が巧みに取り入れられ、幻想的な雰囲気と艶やかな情感を醸し出している。クライマックスの、降り注ぐ火の粉をものともせず集慶が大勢の練行衆とともに見せるダイナミックな群舞は圧巻で、従来の歌舞伎舞踊とは一線を画して、壮観だった。

「梅雨小袖昔八丈」は髪結新三。主人公は菊之助演じる新三だが、白子屋の一人娘・お熊と恋仲の手代・忠七(中村萬太郎)と、老獪な掛け合いで新三をやりこめてしまう家主・長兵衛(河原崎権十郎)に注目して見た。

まず、忠七。新三に唆されて、お熊と駆け落ちさせてやると騙される人の良さに同情してしまう。序幕第二場、永代橋川端の場。新三の弟分の勝奴がお熊を乗せた駕籠に付添ながら新三の家に向かう。その後を相合傘をした新三と忠七がやって来る。ここで、新三が急に態度を豹変させる。ここからだ。

お熊は自分の女で、忠七を匿うと約束した覚えはないと言う。お熊を拐かす魂胆だったのだ。「これ、よく聞けよ」からはじまる傘尽くしの芝居台詞。小悪党で粋な新三に対し、忠七は二枚目のお人好しという対照的な人物のやりとりに、見入ってしまう。

新三の本心を知った忠七は、新三に打ち掛かるが、逆に打ちのめされてしまい、眉間に傷までつけられる。そのまま新三は忠七を見向きもせずに、一人で家に行ってしまう。茫然とする忠七は、悔しさと同時に、お熊を拐かされた責任を感じ、川へ身投げしようとする。

そこを通りかかった弥太五郎源七親分に止められて、一命を取り留めるのだが、忠七の惨めな気持ちを思うと、本当にやりきれない。

次に家主・長兵衛だ。侠客の弥太五郎源七が新三からお熊を取返すべく、説得に当たるが、源七の貫禄も通用せず、かえって新三になじられて追い返されてしまう始末。それを、源七に代わって長兵衛が引き受けて、見事に新三をやりこめてしまうのだから、すごい。

長兵衛は鰹の半身を貰う約束をした上で、30両でお熊を白子屋に返すように説得する。新三は100両貰わなければ戻すことはできないと突っぱねる。ここで引下らないのが長兵衛のすごいところだ。

お熊の件は拐かしなので、新三を訴人すると脅す。さらに、入れ墨者の新三に家を貸すことは出来ないと言い立てる。新三も最初は意気込んでいたが、最後は返す言葉もなく、渋々30両でお熊を返すことを承知する。

その上で凄いのは、この後だ。お熊を駕籠に乗せて帰した新三が、約束通り30両の金を受け取ろうとする。すると、長兵衛は15両を渡して「鰹は半分貰ったよ」と言うばかり。長兵衛は、鰹に事寄せて、骨折賃として残りの15両は自分が貰う策略だったのだ。さらに新三が抵抗すると、これまでの悪事を訴えると脅して、最終的に新三も15両で納得させられる。

さらに家賃が2両溜まっていると、その分も引かれ、新三の手元には、僅か13両しか残らない。おまけに鰹の半身まで持って行く長兵衛の強欲ぶりも痛快だった。