三代猿之助四十八撰の内「御贔屓繋馬」三幕
明治座創業150周年記念 市川猿之助奮闘歌舞伎公演夜の部に行きました。三代猿之助四十八撰の内「御贔屓繋馬」三幕、市川猿之助六役早替りならびに宙乗り相勤め申し候である。
「御贔屓繋馬」は三代目市川猿之助(現・猿翁)によって昭和59年に明治座で上演された作品で、好評を博したために62年に再演、さらに平成5年に歌舞伎座でも上演された。
プログラムによれば、平将門や源頼光が登場する「前太平記」の世界で、その端緒とも言われているのが近松門左衛門作の「関八州繋馬」。また江戸歌舞伎の鬼才、四世鶴屋南北が描いた「前太平記」物に「四天王産湯玉川」と「戻橋背御摂」があるそうだが、今回上演された「御贔屓繋馬」はこの「四天王~」と「戻橋~」を繋いで、さらに「関八州~」にも登場する蜘蛛退治の、代表的な舞踊劇、河竹黙阿弥作「土蜘」を下敷きにした「来宵蜘蛛絲」を繋ぎ合わせた大長編だという。
何でも上演時間が5時間に及ぶそうで、それを今回は正味2時間15分に短縮、いくらスピードアップしたとは言っても、そんな簡単には編集できないわけで、簡単に言うと「戻橋背御摂」の部分はカットしたバージョンでの上演である。
これだけでも理解できるかなあ、と不安に思っていたが、さらに登場人物の人間関係も複雑で、歌舞伎によくある「〇〇実は□□」という配役が実に多くて、真面目な僕はもう頭の中がパンクしちゃうんじゃないかと思った。
人物相関図を見ると、源頼光をはじめとする源氏方に抵抗する勢力として、故平将門グループと藤原純友グループがいて、その二つのグループは知らないところで繋がっていたという筋立てなのはよく分かった。
だけど、人物関係が配役を記すと複雑なことが一目瞭然だ。市川猿之助:座頭猿島哥遊実は相馬太郎良門、中村米吉:非人菰垂れの安実は純友娘桔梗の前、市川團子:百足のお百実は田原藤太娘千晴、市川猿弥:鬼門の鬼兵衛実は伊賀寿太郎正純、中村隼人:台屋の四郎次実は二瀬四郎次・・・。
それでもって、相馬太郎良門と桔梗の前が許婚だったり、伊賀寿太郎と桔梗の前が主従関係だったり、千晴の父である田原藤太が相馬太郎良門の父である将門を討っていたり、相馬太郎良門と行動を共にしていたはずの二瀬四郎次が源頼光の家来だったり・・・。人物相関図の中に、「ナゾの多い人々」という欄があること自体がややこしい。
いやいや、お前さん、歌舞伎をエンターテインメントショーと楽しめばいいんだよ、全てを理解しようとすること自体が間違った姿勢なんだよ、というご指摘はごもっともだと思う。第一幕の宙乗り、大詰めの六役早替り、これぞ澤瀉屋!というショウアップで十分楽しめた。ただ、餡子となる第二幕の展開についていけない自分がもどかしかったのですよ。第二幕を観終わった後、大詰め開演までの幕間でプログラムの粗筋と人物相関図を一生懸命読んで、理解しようとしている自分がいたことだけは記しておこうと思った。
大詰めの「大喜利所作事 蜘蛛の絲宿直噺」は理屈抜きに大いに楽しめた。実際に僕は、「蜘蛛の絲宿直噺」単独演目として、歌舞伎座で2020年11月4部制の第1部、さらに翌年7月3部制の第1部で上演したのを観ている。
猿之助丈が女童熨斗美、小姓澤瀉、番新八重里、太鼓持彦平、傾城薄雲、土蜘蛛の精の六役を早替りという趣向だけでなく、鮮やかに演じ分ける妙味を味わえるのは、この人を置いて他にいないと改めて感心した。