歌舞伎スペクタクル「不死鳥よ 波濤を越えて」~平家物語異聞~

明治座創業150周年記念 市川猿之助奮闘歌舞伎公演昼の部に行きました。歌舞伎スペクタクル「不死鳥よ 波濤を越えて」~平家物語異聞~である。44年ぶり、伝説の歌舞伎レビューが色鮮やかによみがえる!と謳い文句にある。この作品は、歌舞伎の未来を模索していた三代目猿之助が、一大ブームを巻き起こした宝塚歌劇「ベルサイユのばら」の脚本を担当した植田紳爾氏に依頼し、昭和54年に大阪・梅田コマ劇場で初演された。

プログラムによれば、植田氏が昭和48年に書き下ろし、現在までも宝塚で再演が繰り返される名作「この恋は雲の涯まで」の世界を借りながら、主人公を源義経から平知盛に移し、歌舞伎の要素を取り入れて練り上げた作品である。

壇ノ浦の戦いで戦死したとされる平知盛が海を渡り、幻の都ローランに落ち延びたという大胆な設定と、歌舞伎に歌劇の演出が盛り込まれた“歌舞伎レビュー”として壮大なスペクタクルロマンが大きな話題を呼んだという。

昭和61年のスーパー歌舞伎「ヤマトタケル」が生まれる端緒とも言え、この「不死鳥よ 波濤を越えて」は“スーパー歌舞伎エピソードゼロ”とも言えるとしている。歌舞伎、ミュージカルレビュー、スペクタクルの融合を、44年の時を経て進化させた作品だとも書かれているが、なるほど観客の興味を終始飽きさせないエンターテインメントだと感じた。

(上の巻  壇ノ浦の雪)の眼目は、猿之助演じる知盛と、壱太郎演じる白拍子若狭の恋の行方だろう。知盛は海へ没したのち、宋水軍の楊乾竜(中村隼人)によって救われていた。知盛の想い人だった若狭は平家劣勢のために、遊女に身を落としていたが、知盛が未だ生きていると信じて、その操を必死に守っていた。そこへ、乾竜が現われ、知盛は生きていて、敦賀から軍船を調え知盛を迎えに行くと知らされる。そのときの若狭の喜び、如何ばかりか。

そして、乾竜の誘いで知盛一行は宋の国に行くことになる。知盛がたとえ宋の国に行ったとしても、今の自分に何ができるか、とこぼすが、若狭は不死鳥のような知盛は必ず再び大空へ羽ばたくと信じていると勇気づける。これで知盛は生きる望みが湧いてきたと言い、二人は共に宋の国に一緒に行こうと確かめる姿が素敵だ。

だが…。海の掟として女を船に乗せることは出来ないと水夫が言う。これには、さすがの乾竜も従うしかない。知盛は若狭と一緒でなければ行かないとその場を去ってしまう。周囲は若狭に、共に行くことを諦めるように諭され、彼女も姿を隠してしまう。ここで若狭はある決意をするのだ。

若狭を探していた知盛の前に、白拍子姿の若狭が現われ、別れの舞いを一指し舞い、形見の笛を知盛に渡す。そして、知盛が不死鳥のように羽ばたくことが私の夢だと言って、断崖から身を投げるのだ。ああ、悲恋。涙である。

(下の巻 ローランの月)は、異国の地で翻弄される知盛の運命に思いを馳せる。西域に幻の都と謳われた金国の楼蘭に行き着いた知盛。そこで亡き若狭に瓜二つの紫蘭(壱太郎)と出会った知盛、紫蘭の方も知盛に一目惚れした様子なのが面白い。宰相の武完(下村青)は紫蘭と許婚の約束を取り交わしているだけでなく、それを足掛かりに、この金国を牛耳ろうとしているから、知盛の存在は邪魔だ。この関係性がさらなる展開をして、興味深い。

紫蘭は知盛一行が宋の国に行くための通行を許す代わりに、一夜を共にすることを求めるが、知盛は若狭との誓いのために、これを拒む。プライドを踏みにじられた紫蘭は、武完に知盛を殺すように依頼するという逆転が起きるのも面白い。

日本では平家に代わって源氏が権力を持ちはじめ、日宋貿易も源氏を相手にすることになった。それが、中国大陸にも影響を及ぼす。武完は乾竜に宋の国から知盛を討てという命が下ったと告げる。それに対し、金国の国王・衛紹王(中村米吉)はそんな不人情は許すことが出来ないという。武完と紫蘭は手を結び、金国の転覆を狙い、衛紹王の命を奪おうという構図ができた。

衛紹王は知盛に落ち延びるように勧めるが、知盛はそうすれば金国に迷惑がかかると拒む。一方、武完勢は知盛に立ち向かう。乾竜が知盛に加勢し、武完を討ち果たす。

そこで知盛が下した決断に感動した。宋の国の命に従い、また、宰相武完を斬った罪人として、自らを殺してほしいと乾竜に頼むのだ。自分の命が金国の平和の礎になるならば、良き死に場所を得て幸せだ。そう言って、乾竜に斬られ、息絶える。

だが、残された者たちは、知盛は永遠に生き続けると信じる。それが、最後の第七場「飛翔」で、雲の上で若狭と再会を果たし、不死鳥の如く舞い上がる姿を宙乗りで表現した。知盛の志は永遠の命を得たのだ!と客席は興奮のるつぼと化した。あっぱれ!なステージだった。