平成中村座 姫路城公演「鰯賣戀曳網」

平成中村座 姫路城公演 第1部を観ました。姫路名物のアナゴ寿司、姫路おでん等を昨夜は食し、きのうの第2部に続き、第1部を観劇した。姫路所縁の「播州皿屋敷」と三島由紀夫作の「鰯賣戀曳網」。

「播州皿屋敷」は浅山鉄山に中村橋之助、腰元お菊に中村虎之介、そして岩渕忠太が片岡亀蔵という配役だ。お菊に横恋慕して、関係を迫り、それを断られると嫌がらせをして、最後には殺してしまうという悪役を橋之助が見事に演じた。また、皿を数えろと言われて数え、一枚足りないと井戸の上に吊るされて責め立てられる悲惨な境遇のお菊を虎之介が好演した。怪談モノとして、とても優れている作品だが、それを丁寧に演じることで、より一層、人間の怨念の怖さみたいなものが引き立っていたような気がする。

「鰯賣戀曳網」はハッピーエンドで、何度観ても嬉しい気分になれる。鰯賣猿源氏が勘九郎、傾城蛍火実は丹鶴城の姫が七之助という、中村屋兄弟による見事なコンビネーションで、実に愉しい。

「伊勢の国に阿漕ヶ浦の猿源氏が鰯かうえい」という自慢の売り声なのに、恋煩いしてしまって満足な売り声ができない猿源氏に対し、ひと肌脱ごうという父親海老名なむあみだぶつの存在は重要だが、これを中村扇雀丈が好演しているのが良い。

鰯賣のような身分では到底相手にしない花魁・蛍火に会わせてやろうと、宇都宮弾正に成り済ます作戦。六郎左衛門を家老役に仕立て、猿源氏を馬に乗せて意気揚々と揚屋に向かうのが、落語の「紺屋高尾」にも似て、面白い。

結構な殿様振りで、猿源氏は他の傾城にももてもてなのも面白いが、何と言っても見せ場は、軍物語を請われ、鰯賣らしく魚尽くしで珍妙な軍物語を作り上げ、喝采を受けるところだろう。念願の蛍火とも会うことができて、夢心地な猿源氏を見ているだけで、こちらも嬉しくなる。

そして、そして、ストーリーが急展開するのは、猿源氏が酔って蛍火の膝枕で寝入ってしまったところからだ。なんと!寝言で、あの鰯賣りの自慢の売り声をあげてしまうのだ。驚いた蛍火は、この男が実は宇都宮弾正でないことに気付いてしまう。お前さんは、鰯賣りではないか?これに対して、猿源氏は必死に弁解して、言い逃れるが…。

しかし、これが瓢箪から駒だったのだ!蛍火というのは仮の姿。実は丹鶴城の姫だったが、鰯賣りの売り声に惚れて、城を抜け出し、傾城になったのだという。その売り声の主こそ、誰あろう、猿源氏だった!お互いに本性を証し、宇都宮弾正と蛍火ではなく、猿源氏と丹鶴城の姫という間柄で恋を成就させるという…。いやはや、素敵な夢物語、ファンタジーに大満足!

第2部の「天守物語」同様、最後は後ろの仕切りが開いて、姫路城が現われる借景に。勘九郎の仕切りで、観客全員が立ち上がり、皆であの売り声を叫ぶ。伊勢の国に阿漕ヶ浦の猿源氏が鰯かうえい!そして、僕は姫路を後にして、帰京した。