平成中村座 姫路城公演「天守物語」

平成中村座 姫路城公演 第2部に行きました。姫路城が世界遺産に登録されて、30周年になるそうだ。平成中村座は去年10月と11月に浅草寺境内で行われ、行っているが、地方公演となると、平成29年6月の名古屋城公演に行って以来、6年ぶりだ。コロナで旅行もほとんどしていなかったので、きょうから5類になったこともあり、まだまだ油断はならないが、思い切って姫路に遠征した。第1部では「播州皿屋敷」、第2部では「天守物語」と、姫路に所縁の演題が上演され、とても良かった。

第2部は「棒しばり」と「天守物語」。「棒しばり」の太郎冠者が橋之助、次郎冠者が勘九郎、そして曽根松兵衛が扇雀。太郎冠者と次郎冠者が、主人の松兵衛に縛られながらも酒蔵に忍びこみ、まんまと酒にありつく楽しさ。そして、ほろ酔い気分になって浮かれて踊るところは、テンポ良い舞いで魅せてくれて、愉快だった。

「天守物語」は主人公の富姫を七之助が妖艶に演じて、素晴らしかった。筋書きのインタビューによれば、この演題を演じるのは玉三郎丈を置いて他にいないという思いがあるので、躊躇いがあったが、折角、姫路城公演という縁があるので、挑んでみようと思ったとあった。実際、演出は玉三郎丈に付けて頂いて、手取り足取り、指導して頂いたそうだ。

天守夫人、富姫をはじめとして、白鷺城の天守閣の最上階に住む異界の者たちの様子がとても神秘的で、幻想の世界というのだろうか、それは泉鏡花の世界観そのままに描かれており、実に魅力的だ。

白露を餌に秋草を釣る侍女たち、それを見守る奥女中の薄、越前の夜叉ヶ池の雪姫のところから帰ってきた富姫の登場。冒頭の場面から惹かれる。さらに、猪苗代からやって来た亀姫との久しぶりの対面。土産に持ってきたというのが、色白の男の生首だというのだけでもゾッとするが、その首から流れ出る血を舌長姥が三尺もある舌で舐め拭う様子は、人間世界とは異次元の、独特の空気が流れていて興味深く観た。

この物語の最大の眼目は、富姫と鷹匠・姫川図書之助の出会いだろう。最終的に富姫が恋してしまう図書之助を好演したのは中村虎之介。鷹を逃がしてしまった図書之助は播磨守に切腹を命じられるのだが、鷹を追って天守の様子を窺いにきた。富姫は「本来鷹は人間の持ち物ではない」と、人間の愚かさを嘆き、この図書之助を助けたいと思う。

その想いはやがて、図書之助が欲しいという願いに昇華する。だが、力で人を強いるのは播磨守らのすることで、真の恋は心と心だとする富姫の気高い気持ちの素晴らしさに共鳴した。

三度目に図書之助が天守に来たとき、彼は無実の罪で同じ人間に殺されるのなら、約束を破り天守に来た罪で富姫の手にかかりたいと願う。これを聞いた富姫は、一緒に生きようと励まし、獅子頭の母衣の内に隠れる。二人の思いが一つになり、恋が成就した瞬間だと感じた。

だが、図書之助を追って、小田原修理ら討手が天守に登ってきた。この獅子頭が怪しいと、獅子の目を狙い、刃物で両目を傷つけると、図書之助と富姫の目が見えなくなってしまう。せめて一目でもお互いの顔が見たいと願う二人…。

最後は、この獅子頭を彫ったという近江丞桃六が現われ、獅子の目に鑿を当てると、たちまち二人の目は見えるようになった。背景の仕切りが開いて、実際の姫路城が写し出され、仲睦まじく寄り添う、図書之助と富姫。天守下の騒々しい鬨の声とは対照的な、天守の二人の恋模様に心打たれた。

戦国の世でも胡蝶が舞う、撫子も桔梗も咲くぞ、桃六が高らかに笑う姿がとても印象的だった。