「新・陰陽師」滝夜叉姫
鳳凰祭四月大歌舞伎昼の部を観ました。「新・陰陽師」滝夜叉姫。夢枕獏原作で新作歌舞伎「陰陽師」が平成25年9月歌舞伎座で上演された。そのときの脚本も演出も大幅にリニューアルさせて、役者の世代も新たにして蘇らせた、まさに「新」陰陽師だ。
参考までに10年前の配役を記しておくと、
安倍清明:市川染五郎(現・幸四郎)、源博雅:中村勘九郎、平将門:市川海老蔵(現・團十郎)、滝夜叉姫:尾上菊之助、興世王:片岡愛之助、桔梗の前:中村七之助、俵藤太藤原秀郷:尾上松緑、大蛇丸:坂東新悟、蘆屋道満:片岡亀蔵
今回は
安倍清明:中村隼人、源博雅:市川染五郎、平将門:坂東巳之助、滝夜叉姫:中村壱太郎、興世王:尾上右近、桔梗の前:中村児太郎、俵藤太藤原秀郷:中村福之助、大蛇丸:中村鷹之資、蘆屋道満:市川猿之助
これだけでも、大きく若返ったことがわかる。
その上で、脚本・演出が大きく異なるので、全く別の芝居を観ている感覚だ。
平将門を蘇生させ、この世を魔界にしようと企てる一派、それが平将門の軍師だった興世王を中心に組織され、天下を取ろうとする。
それを阻止しようとするのが、将門を討った俵藤太であり、彼を慕う桔梗の内侍、さらに百足退治で活躍する大蛇丸らである。
将門蘇生に加担する陰陽師として蘆屋道満がいて、それに対抗するライバルともいえる陰陽師、安倍清明が藤太らを支える。安倍清明には盟友として源博雅が伴っている。
面白いのは、蘆屋道満の態度の急変である。桔梗の内侍が藤太のために将門のところに身分を隠して内偵し、将門の急所を掴む。それによって、藤太が蘆屋道満から授かった鏑矢で将門の急所であるこめかみを射抜いて見事に討つことができた。最初は道満は藤太に加担していたが、それがいつの間にか興世王側につく。この矛盾は矛盾ではなくて、単純に道満が世の中を搔き回したいという願望があったこと、陰陽師としてのライバルである安倍清明に楯突きたいという思いによるものなのだろう。
平将門の妹である滝夜叉姫の存在も面白い。はじめのうちは将門を討った藤太一派憎しで、興世王とともに将門蘇生のために動いていた。村名主の娘・糸滝と名乗って、安倍清明に近づき、百足退治をしてほしいと頼んだのも、敵をこちらにおびき寄せるためだった。だが、興世王と道満が将門を鬼として蘇生させて、この世を魔界にするという企みを知ると、これまでの行いを滝夜叉姫は罪悪感を感じ、岩の上から身投げする。彼女は兄が以前のような純粋な心を持って蘇生することを望んでいたのだ。
ダイナミックな芝居の演出として面白かったのは、大蟇、ガマガエルの大親分みたいな化け物の妖術。興世王が将門の首を、滝夜叉姫が将門の腕を持ち消え去ると、残った清明、博雅、藤太の三人がその妖術に悩まされる。すると、清明が狐の眷属を呼び出して、この妖術を打ち破る。ここでは着ぐるみのガマガエルや大勢のキツネが出てくるという演出が、いかにも架空の世界という印象で、観る側のイマジネーションを刺激してくれて楽しい。
また、百足退治も面白い。退治してくれと頼んだはずの糸滝こと滝夜叉姫が、逆に百足を操って藤太に襲いかかる。この百足の組み体操みたいな手法は、歌舞伎ではよくあるが、これも観る者の目を楽しませてくれる演出だ。大蛇丸が藤太に加勢し、百足たちを返り討ちにしてしまう。さらに大蛇丸の育ての親という三上山の山姥が現われ、滝夜叉姫は術を用いて逃げる。その山姥が黄金丸という名剣を藤太に差し出し、これを清明が使えば必ず将門の妖魔の術を破ることができると告げる。
古典歌舞伎の手法も取り入れながら、壮大なスケールで善と悪との対峙を描いたファンタジー。新作歌舞伎の醍醐味を存分に味わった舞台だった。