林家つる子「子別れ」お徳編、そしてお島編

「つる子の赤坂の夜は更けて」に行きました。林家つる子さんが「子別れ」の遊女お島を主人公にした落語「子別れ~お島~」を演るというので伺った。つる子さんは「芝浜」をおかみさんの目線から描いたり、「紺屋高尾」を高尾太夫の側から描いたり、古典落語の定番に独自の視点を盛り込んで新たな創作落語をこしらえる取り組みをしてきた。

この「子別れ」も去年8月に、本来の熊さんが主人公のもの、女房お徳の側から描いたもの、そして遊女お島の側から描いたもの、いわば「子別れ」三部作を口演した。僕は残念ながら聴くことができなかったが、今回、お島編をネタ出ししていたので伺ったのだが、中入り前にお徳編を演じ、中入り後のお島編を演じてくれて、つる子オリジナルの2席を聴けたのはラッキーだった。

まず「子別れ お徳編」。元亭主のことを許せない気持ちと、でも惚れている気持ちの両方が自分の中で葛藤しているお徳の心情がとても響いてきた。

亀が遊郭ごっこをして遊んでいる、花魁道中が面白いんだ、と言うと、そんな遊びはやめなさい!と母であるお徳は叱る。亀もお父っあんのことを思い出させるようなことを言って悪かったと反省し、あれはお父っあんが悪かったよねと言う。

だが、お徳はこれを否定する。お父っあんは悪くない、お酒さえ飲まなければ、とてもいい人なんだ、と言う。真っ直ぐな気性ゆえに、吉原に溺れ、酒を飲んで分別がつかなくなってしまうのだと、お徳は考えているのだ。

亀が新撰組ごっこをして、小林さんの坊ちゃんに額に傷をつけられたとき、お徳は我慢した。亀にも「小林さんにはお世話になっているから我慢しなさい」と言い聞かせた。このことが近所のおかみさんの間で噂になったとき、お徳に同情してくれた。そのとき、「こんなお徳さんみたいな良い人を追い出すなんて、酷い人よね」と、離縁した亭主のことにまで話が及ぶと、お徳はきっぱりと言う。「あれは私の方から出て行ったんです」。

そして、結婚したての頃、熊さんが紅を買ってきてくれて、それをお徳が唇に差してみせると、熊は「お前はとても綺麗だ」と褒めてくれたとのろける。元の亭主を悪く言われたくない気持ちがお徳にはあったのだろう。

最終盤、亀が鰻屋で父親の熊と会っているのが気になって、お徳は出掛ける。そのときに、化粧をして、あの別れて以来使ったことのなかった紅を取り出し、唇に差した。この行為に、お徳の気持ちの半分が現われていると思う。だが、鰻屋の前で店に入ろうか、どうしようか、迷ってしまう。魚屋のおかみさんが声を掛けると、「変わったというあの人に会いたい。でも、元亭主を許せない自分もいる」と心中を吐露する。そのときの魚屋のおかみさんの一言がいい。「夫婦なんて、どこもそんなものよ」。

これで踏ん切りがついたお徳は、熊に会う。恐縮する熊に対し、お徳はこう言う。「あなたを私は今も許さない。でも、あなたはあの頃の顔をしていない。出会った頃の顔をしている。だから、忘れてあげる」。熊が紅を差したお徳を見て、「綺麗だな」と言うと、お徳は「ありがとう」と言うのが先ではないかと強く言うのももっともだと思う。

熊の真っ直ぐなところが好き、酒に飲まれないで、一所懸命に働いてくれるなら、こんなに良い亭主はいない。これまでのことは忘れてあげるから、もう一回やり直しをしよう。お徳の決心が見えた、素敵な一席だった。

中入りを挟んで、「子別れ お島編」。遊女として熊さんを愛したお島だが、一般社会には馴染めず、自分の居心地の良い場所は遊郭なんだと気がついて、最終的に自分にとっての幸せを掴むことができた人生を讃えたい気持ちになった。

品川で熊さんのことを間夫と思っていたお島だが、熊は「女房を貰うことになった」と言って以来、通ってこなくなった。だが、風の噂で吉原で熊は遊んでいるということを知る。熊さんに会いたい。その一念で、お島は品川で懸命に働き、評判を取り、元品川にいて今は吉原で花魁になっている喜瀬川の口添えもあって、吉原への住み替えに成功する。すごい。

朝日楼で働くお島は、牛太郎に「大工の熊五郎という人物が来たら、必ず私が付くように段取りしてくれ」と頼む。すると、ある日、弔い帰りで紙屑屋の長さんと一緒に店に来た酔っ払いが、「大工の熊五郎」だということが判り、お島は熊との再会を果たすことに成功する。「嘘ばっかりの吉原で、こうして会えたのは本当のこと。神様はいるんだね」。これもすごい。

4日居続けして、一旦帰った熊だが、翌日に再び朝日楼に顔を出す。「お島を身請けしたい」と言う。驚いたお島だが、「辛いことばかりだったけれど、それもこれも皆、きょうのためにあったんだ」と大喜びする。喜瀬川花魁だけは、「もったいない。お前は花魁になれると思っていたのに」と言葉を残す。

そして、熊さんの住む貧乏長屋で暮らしはじめたお島だが、家事一切が出来ない。飯は炊けない、繕い物はできない。長屋のおかみさん連中に教わればいいと熊は言うが、「熊さんのところに来たのは吉原の女」と悪く言っていて、相手にしてくれないと言う。その上、「前のお徳さんはいい人だった」と言う。針の莚だ。

子ども衆が「おねえちゃん、遊郭ごっこをするんだ。花魁道中のやり方を教えて。花魁だったんだろう?」と訪ねてきた。私はただの遊女で花魁ではなかったとは言えない、お島が丁寧に教えてあげる。だが、「そんな遊びはよしなさい!」と母親が臭いものに蓋をするかのように連れて帰ってしまう。

お島は熊に「湯に行ってくる」と言って、そのままこの長屋を出て、朝日楼に戻ってしまった。お島が言う。「外の世界は本当のことばかりだった。だけど、私には居心地が悪かった。私の本当はここ(吉原)にある」。

やがてお島は花魁に昇格し、花魁道中をおこなう。お島が牛太郎に言う。「骨も皮も嘘も誠も全部ここに埋めてやる」「あっしもお島花魁についていきますよ」「嘘ばっかり」。

吉原という特有の世界で生きてきた女性にとって、身請けされて外の世界で暮らすよりも、住み慣れた吉原で生きていく方が幸せだという考え方もあるのかもしれない。価値観なんてものは人それぞれだ。

そして、「子別れ」という古典落語を、別の角度から切り取り、新しい噺を拵えるという、つる子さんの試みは素晴らしいと思った。来年3月に抜擢で真打に昇進することが決まったのも、納得がいく実力の持ち主であることを証明してくれるかのような「子別れ」アナザーストーリー、二席だった。