ミュージカル「ラ・マンチャの男」、そして渋谷らくご 談吉イリュージョン

横須賀芸術劇場でミュージカル「ラ・マンチャの男」を観ました。チラシのコピーにあるように、松本白鸚、傘寿にして挑み続ける、幻のファイナル公演が奇跡の復活!である。去年2月の日生劇場をファイナル公演と決めて、臨んだ白鸚さんだが、コロナ禍で7公演を終えたところで中止。これで終わってしまうのか、とファンも悔しい気持ちを持ったが、それでは白鸚さんが納得がいかなかったのだろう。場所を横須賀に変えて、1年2か月後に10公演ではあるが、ファイナル公演を敢行したのである。一週間後の24日の千秋楽をもって、1969年にスタートした「ラ・マンチャの男」が通算1324回で終わるのだ。

いやあ、本当に素晴らしかった。白鸚さんの執念というか、このファイナルに賭ける意気込みがひしひしと伝わってくる舞台だった。出る力を全部振り絞って演じている姿は、渾身という言葉がぴったりの凄まじいものだった。僕はこれまで2008年、2012年と帝国劇場で観てきたが、今回はそれとは違う、芝居というものを超越した神がかった時間と空間というものを肌で感じた。

キハーナ老人は気高い騎士の心を持って、自らをドン・キホーテと名乗り、理想を追い求めた。それは53年前に26歳の市川染五郎がこの「ラ・マンチャの男」に出会い、これをライフワークとして、松本幸四郎になっても、そして松本白鸚になっても挑み続けた気概のようなものと相通じるような気がしてならない。

舞台の最終盤、夢から覚めて倒れ、危篤状態でベッドにいるドン・キホーテことキハーナ老人の元にアルドンザが訪れる。あばずれだった彼女に、ドルシネア姫と呼んで、貴婦人としての自尊心を教えたキホーテ。アルドンザはもう一度、キハーナ老人に騎士としての魂の輝きを取り戻してほしいと願う。このときの、キハーナ老人、いや、ドン・キホーテの姿はそのままそっくり役者・松本白鸚の姿と重なり合うのだ。アルドンザ、いやドルシネアが松たか子と重なり合う奇跡とともに。

魂が震える舞台とは、こういうことをいうのではないか。僕は思った。

劇中歌「見果てぬ夢」(騎士遍歴の唄)より

たとえ傷つくとも 力ふり絞りて 我は歩み続けん あの星の許へ

プログラムに掲載された松本白鸚さんの「旅路」と題した文章を一部抜粋する。

長い旅路であった。26歳で初演したその瞬間から今日までが、まるで走馬灯のように思い出される。(中略)26歳の若者が、「事実とは真実の敵なり」というキホーテの台詞を、どこまで理解できていたかは疑問だ。「ドン・キホーテのようだ」とは、いささか滑稽味を持って評される言葉だが、物語の「真実」を知らずして、キホーテの生き様をどれほど理解できると言うのだろうか。現実の中で孤軍奮闘するキホーテ、それを伝えるのが私の使命であることに気付いて以来、作品の奥深さを実感する日々だった。

還暦を迎えたあたりだったろうか、ひたすら「真実」を求め「あるべき姿のために闘う」キホーテの姿は、たとえ不器用であっても、理想を捨てぬ崇高な生き方だと確信するに至った。それは私自身の来し方と重なり、躊躇いのないキホーテの生き方そのものが愛おしくてたまらなく思えるようになっていた。紛れもなく。これまでの自分の俳優人生と等しく重なり合うからだ。(以下略)

松本白鸚さん、ありがとうございます。

帰宅後、配信で「渋谷らくご 談吉イリュージョン 創作らくごの会」を観ました。百栄師匠、談吉さん、それぞれが2席ずつ、新作落語を披露したのだが、お二人とも独特の世界観をお持ちだなあと感心した。個性という言葉だけでは括れない、その人しか創れない創作落語の魅力を堪能した。

「桃太郎後日譚」「あたま山心中」春風亭百栄/「仏四噺」「ピッケル」立川談吉

これは個人的見解かもしれないが、百栄師匠の「あたま山心中」と談吉さんの「ピッケル」に相通じるものを感じた。前者は、さくらんぼの種を食べて自分の頭に桜の木が生えたのを引っこ抜いて池ができた男が、その池の周りの掃除を担当している清掃員に事情を説明し、最後は二人ともその池に身を投げようとするのがとてもシュールだ。

後者は、自分の彼氏の鼻の上をピッケルを持って、リュックを背負って、よじ登っている登山家が気になっている女性と、その鼻の持ち主である彼氏の会話の内容が、やはりとてもシュールだ。どちらも頭を柔らかくして、想像力を豊かにして楽しむ、そういう意味では落語の醍醐味の極みとも言える創作とはいえまいか。

談吉さんの「仏四噺」、和尚が小僧にもっともらしく話す仏にまつわる“ありがたい”(?)噺が、普通に考えると相当ぶっ飛んでいるんだけど、それらしく聞こえてしまう不思議。この魅力は、以前から談吉さんの新作の高座の幾つかから感じて(例えば、創作らくご大賞を受賞した「生モノ干物」とか)いたのだが、今、それを確信した。特に、カローラ2の和尚の実体験は、これぞ!談吉ワールドだと思った。