浅草 五代目江戸家猫八襲名披露興行、そして扇辰・喬太郎の会

浅草演芸ホールで五代目江戸家猫八襲名披露興行六日目を観ました。浅草は出演者も多く、11時40分開演で16時30分終演、およそ5時間の長丁場だが、全く疲れを感じることなく、ましてや飽きることもなく、大変充実した時間を過ごすことができた。

きょう行って、ラッキーだったことが3つ。一つはおしどり先生の針金アート、猫八バージョンを頂けたことだ。「欲しい人!」と言われて、すぐに手を挙げたら、最前列に座っていたからか、僕に渡してくれた。嬉しい!

二つ目のラッキーは、口上が猫八先生含め、9人も並んだこと。紙切りの正楽師匠が残念ながら休演だったが、最高顧問の馬風師匠、相談役の木久扇師匠、会長の市馬師匠、副会長の正蔵師匠と幹部クラスがずらりと並び、豪華だった。

そして、三つ目のラッキーは、市馬師匠が猫八襲名を織り込んだオリジナルの相撲甚句を高座で披露したのを聴けたこと。おめでたい内容の甚句が、あの美声で聴けたことは至福であった。

「真田小僧」柳亭市遼/「みそ豆」春風亭一花/「元犬」柳亭小燕枝/漫才 おしどり/「熊の皮」桂やまと/「寄合酒」橘家文蔵/太神楽 鏡味仙志郎・仙成/「働き方の改革」弁財亭和泉/「替り目」古今亭菊之丞/「やかん工事中」三遊亭円歌/浮世節 立花家橘之助/「新聞記事」林家正蔵/「楽屋外伝」鈴々舎馬風/中入り/口上/漫才 ロケット団/「長短」柳家さん喬/小咄 柳家小さん/「明るい選挙」林家木久扇/奇術 伊藤夢葉/相撲甚句 柳亭市馬/ものまね 江戸家猫八

口上は下手から、菊之丞、さん喬、小さん、橘之助、猫八、正蔵、市馬、木久扇、馬風。司会は菊之丞師匠。まず、橘之助師匠が「色物は本来、口上の席には並ばないが、猫八さんのたっての希望で並んでいる」と断って、先代圓歌師匠は四代目が早逝したときに、お別れの会で車椅子でありながら、「俺の目の黒いうちに五代目を継いでくれ」と言っていたと振り返る。それは叶わなかったが、その代わりに自分がこの口上に並んでいることに、グッとくるものがあると語った。

さん喬師匠は、三代目の浜町のお宅に伺って、ご馳走を頂いたこともある、四代目とは、「八っちゃん(四代目の本名が岡田八郎)」「稲ちゃん(さん喬師匠の苗字が稲葉)」と呼び合った仲と懐かしむ。そして、五代目猫八は入門前に10年近く入退院を繰り返したことに触れ、「そのときに人への慈しみを身に付けた。それで、恩返しをしなくちゃと高座にあがっている」と、その芸に向かう姿勢を褒め讃えた。また一つ増えて嬉しき寄席行燈、と締めた。

小さん師匠は、ものまねと言っても、歌まねや歌舞伎の声色とは違う、動物に特化した芸の素晴らしさに敬意を表した。五代目は世界各地の動物を研究する芸熱心なところが凄いと持ち上げて、「でも、似ているかどうかはわからない」と笑わせた。

正蔵師匠は、寄席芸人の家に生まれたという意味で境遇が似ていると言って、私も親父の背中を見て、憧れて、この世界に入った、猫八さんもそうなのでしょうと。志ん朝師匠の言葉、「親と同じことをしていては、親は抜けない」を引き合いに出し、その意味では五代目はアルパカやヌーといった新境地を開拓している凄さを讃えると同時に、「鳴くだけでなく、お客様から笑いを取る」、その話芸の素晴らしさを高く評価した。

木久扇師匠は、独特のとぼけたユーモアで話す。この人は犬を真似るために電柱に片足をあげ、猫を真似るためにイワシを咥えて屋根に登り、鶏を真似るために月に1回は卵を産むと笑わせた。

馬風師匠は、楽屋に出すお弁当への御礼で笑わせた。鈴本の千秋楽の亀屋の鰻弁当は美味かった、きのうの中日の焼肉弁当も美味しく頂いた、「おまけに女房の分まで貰った、ありがとう」と。そして、猫八先生から習ったというブタの鳴きまねを披露するお茶目なところも。

市馬師匠は、この猫八襲名披露も歴代の猫八の功績があればこそ、と。「きょうは、(馬風最高顧問、木久扇相談役含め)協会挙げての、これでもか!という口上」と言って、椅子に座っている馬風、木久扇両師匠を横目で見て、「長生きも芸のうちです。でも、ここは安らぎの里かという…。中庭で日向ぼっこしているみたいですね」と笑わせた。

三本締めも、司会の菊之丞師匠が「市馬会長に…いや、無言の圧力を感じました、馬風最高顧問に音頭を取ってもらいましょう」と賑やかな雰囲気の中、三本で締めて、会場が一体となった。

市馬師匠が高座で披露した相撲甚句が印象的だったので、うろ覚えで不正確なところもありますが、書き留めておきます。

令和の御代も早くも五年 春のうららの浅草の ここぞ満座の演芸ホール ご来場なるお客様 御前出でたる芸人は 代々名前を連ねたる 大名跡の五代目を襲名しました猫八が 一声千両の一鳴きで おなじみ鶯谷渡り 鶴や鶏、ホトトギス お楽しみなるこの芸を これから先も皆様の力をもって励むよう どうぞ宜しく願います

猫八先生の高座。実際のウグイスは春告鳥と言われるけれども、冬から春になったばかりでは上手く鳴けない。それは練習不足ではないかと言われるけど、そんなことはなくて、日照時間が長くなって、ホルモンバランスが変わると、美しく鳴けるんだと科学的な蘊蓄から入るのが猫八先生らしい。

子どもの頃、小指でウグイスを鳴く練習をしても、フーフーという音がするだけで、上手くいかなかったとき、一緒にお風呂に入っていた父親が自分の小指を「貸してごらん」と言って咥えたら、ホーホケキョとなった体験の話は何度聞いてもいい話だなあ。「自分の指から音が出るんだ」ということが、その後の練習の励みになったという…。「あなたが噛んだ小指が痛い」というギャグ含めて。

お父さんの思い出つながりで言うと、付き人で一緒に行ったとき、リクエストで「カバ」の注文が来たときに、即座に四代目が堂々と「カヴァー!」と演ったエピソードも好きだ。その後、五代目は「これじゃいけない」(笑)と、本当のカバの鳴き声を研究して、その成果を見事に披露するんだけど、やはり父の即興には勝てないと。

その後、五代目が同じようにリクエストで「クラゲ」を女の子から注文されて、本当はクラゲは鳴かないんだけど、思い切りイメージを膨らませて鳴き声を披露したら、その女の子が「そっくり!」と言って拍手をしたというエピソードにつながっていくのだ。五代目は研究熱心であると同時に、優しさとユーモアセンスも兼ね備えた素晴らしい芸人さんなんだと思う。

夜は「扇辰・喬太郎の会」に行きました。年に2回のネタ卸しの会である。今回は柳家喬太郎師匠が「芋俵」、入船亭扇辰師匠が「大名房五郎」をネタ卸しだ。

「子ほめ」入船亭扇ぢろ/「権兵衛狸」入船亭扇辰/「社食の恩返し」柳家喬太郎/中入り/「芋俵」柳家喬太郎/「大名房五郎」入船亭扇辰

扇辰師匠の「大名房五郎」は劇作家の宇野信夫の作品。金儲けのことばかり考えている欲深い萬屋万右衛門を、棟梁の房五郎がギャフンと言わせるところに、この噺の妙味があると思うが、扇辰師匠が巧みな話芸でそれを表現していた。

房五郎にとって母の形見である岩佐又兵衛の掛け軸を、骨董の蒐集を趣味とする萬屋に持って行き、50両で買い取ってもらい、その金を世間で困っている人たちに施しをしてあげようと提案するが。萬屋は自分の金儲けのことしか頭になくて、そんな施しなんかには全く興味を示さない。

その掛け軸は橋を渡る男が傘をつぼめて持っている絵だった。だが、萬屋が房五郎に誘われ、横谷宗珉の牡丹の目貫を見せてもらうために房五郎宅を訪れたとき、その掛け軸の男は傘を差しているのを萬屋は発見する。「雨が降り出すと傘を差し、雨が止むと傘をつぼめる、そういう珍しい絵なんだ!」と思い込む。そして、あの掛け軸を理由も言わずに、「50両で譲ってほしい」と願い出る。

だが、房五郎は一度断られたからには、譲れないと拒否する。それでも、欲深い萬屋は強引に掛け軸を持ち去り、譲ってくれと主張する。60両、70両…ついには100両でいいから譲ってくれと頼む。房五郎の返事は「200両なら譲りましょう」。萬屋は200両を出す。

この掛け軸の仕掛けを皆が知れば、千両、いや一万両にも値がつく、と萬屋は踏んだのだ。だが…、雨が止んで、日が照っても、掛け軸の男は傘を差したままだ。どういうことだ!?と房五郎に詰め寄ると、この傘を差した掛け軸は偽物だ、わざと絵描きに描かせたのだという。愕然とする萬屋。傘をつぼめた方が本物の岩佐又兵衛の絵なのだ。

「200両は困っている人たちに施しをしました。あなたはお金の使い方を間違えています」。そう灸を据えられた萬屋はひとたまりもない。欲深な男をギャフンと言わせた房五郎がとてもカッコよく見えた。

喬太郎師匠の「社食の恩返し」は、きのう北海道の阿寒湖で開催された独演会でネタ卸しした新作みたいだ。社員食堂が閉鎖され、そこで働いていたおばちゃんも大阪に帰るという。最後まで利用していた若い社員二人が、おばちゃんに感謝をこめて、手作り料理を作って、ささやかな送別会を開いてあげようとする噺。

社員の一人が道東の出身で、阿寒湖ゆかりの食材を料理する。でも、自炊などしたことのない二人だから、そんな美味しい料理は作れなくて…。ヒメマスのルイベ、ワカサギの佃煮、エゾシカのジビエ、マリモの天ぷら。料理は美味しくなくても、その若い社員たちの真心を嬉しがるおばちゃんの気持ちが伝わってきた。