国立劇場「一條大蔵譚」、そしてかけ橋・松麻呂定例研鑚会

国立劇場で三月歌舞伎公演「鬼一法眼三略巻」一條大蔵譚&五條橋を観ました。「鬼一法眼三略巻」は1731年に大坂竹本座で人形浄瑠璃として初演され、翌年に歌舞伎に移された全五段構成の作品だ。源氏再興に尽力する牛若丸を軸に、吉岡家三兄弟ら、牛若丸を助ける人々が各段で活躍する時代物。その四段目が「一條大蔵譚」で、五段目が「五條橋」である。特に「一條大蔵譚」は大正・昭和期に活躍した初代中村吉右衛門が演じて好評を博し、二代目吉右衛門が家の芸として継承し、当たり役とした。その薫陶を受けた中村又五郎が今回、大蔵卿に初役で挑んだ。

「一條大蔵譚」は簡単に言えば、全盛を誇った平清盛を憎み、いつか源氏再興をと心に誓う人々の表と裏の顔が見え隠れするお芝居だ。主人公の一條大蔵卿がその最たる者で、本心を隠して作り阿呆を続けているが、いざという時に見せる正気の顔にその意気込みが見える。

大蔵館曲舞の場で、清盛の側近・播磨大掾広盛に対して機嫌よく披露する、「今様の靱猿」だが、戯けているようで隙がなく、隙あらば斬ろうとする広盛の口の中に菓子を放り込むなど、弄ぶ様子に大蔵卿の余裕が窺える。

大蔵館奥殿の場もそうだ。常盤御前の本心を盗み聞きした八剣勘解由が、清盛へ注進すべく走り去ろうとするところ、突然、何者かが御簾の内から長刀で勘解由を斬り付けた。この不忠者を誅伐したのは、誰あろう大蔵卿その人だった。御簾が上がると、日頃のうつけ振りとは打って変わった凛々しい姿。その顔こそが、本物の大蔵卿の姿なのだ。

源氏再興を願う人と言えば、この芝居のもう一人の主役、常盤御前だろう。平治の乱で平清盛は源義朝を破り、我が世の春だ。好色の清盛は敵将・義朝の妻だった常盤御前を愛妾にしたが、さすがにそれはやりすぎという批判を長男の重盛から受け、仕方なく常盤御前を公家の一條大蔵卿に嫁がせていた。

常盤御前は悲しい素振りも見せずに、夜もすがら楊弓に興じる。これは、他人に「もはや常盤は権力者にへつらい、見下げ果てた性根に堕ちてしまった」と思わせる実は計算だった。吉岡鬼次郎とその妻お京も源氏再興を願う人間だが、この常盤御前の姿に憤りを感じた。堪りかねて、なじった。

すると、常盤御前は吉岡夫婦の忠義を褒め、本当の心中を明かす。夫・義朝の死後、三人の子どもと落ちのびたが、所詮は女の身、子の命を救うために清盛の求愛を受け入れ、辛い思いに耐えてつつ、平家に対する恨みの一念から、楊弓に事寄せて平家を調伏してきた。

その証拠に、矢の刺さった的の下には、清盛の絵姿があった。吉岡夫婦は、主人の心底を理解しないで打擲したことを恥じ、涙を流して詫びる。

そういうことも含めて、一條大蔵卿は理解していて、義朝の無念を悲しみ、常盤御前の貞女ぶりを讃える。そして、これが源氏旗揚げへと繋がっていくのだなあと合点がいく、お芝居だった。

夜は、神保町に移動して、「春風亭かけ橋・神田松麻呂定例研鑚会」に行きました。この会は特にネタ卸しを掲げた会ではないが、松麻呂さんがツイッター上で「男の花道」のネタ卸しを宣言していた。それに刺激されたかけ橋さんも「じゃあ、私も」と「茄子娘」をネタ卸し。こうやって、刺激し合う二人の関係は素晴らしく、「研鑽会」という名に相応しいと思った。

かけ橋さんの「茄子娘」は、茄子や野菜に絡めたクスグリを沢山入れていた。多分、それで受ければ採用し、受けなければ削ぎ落そうという狙いだったのだろう。この噺自体、「親は茄子とも子は育つ」という洒脱なサゲが身上であり、だからこそ粋な噺になる。おそらく今後、そうされるとは思うが、沢山あったクスグリを精査して構成するのだと思う。今後に期待したい。

もう一席の「不動坊」は安定感抜群だった。吉公のお嫁さんが来ることに舞い上がっている様子、とりわけ湯屋で赤の他人に対し、その嬉しさを気持ち悪いくらいにぶつけて、困惑させてしまう場面は可笑しかった。アルコールを餡ころと取り違えて買ってきた万さんが、「馬鹿!」と言われて最後まで腹を立て、持ってきていた太鼓を激しく鳴らしてしまうところも、爆笑をかっさらっていた。今後は独自のカラーにどれだけ染め上げるか。楽しみだ。

松麻呂さん、「男の花道」は松鯉先生に教わった通り、しっかりと読んでいた。数日前に松鯉先生の「男の花道」を聴いたばかりだったので、ほとんど一字一句違わないことが良く分かった。ネタ卸しはそれで良いと思う。読み物としても大変良かった。今後はこれを自分の言葉にしていくと、肚に落ちた読み物として、より一層素敵になると思う。

もう一席は「慶安太平記」第2話、「楠木不伝闇討ち」。由井正雪が物凄い大望を抱いていることが、よく伝わってきた。楠木不伝の道場の後継者に収まって、こじんまりと小さくまとまりたくない。俺は日本64州に名前を轟かせる男になるんだ。まずは江戸で評判を取りたい。そのためには手段を択ばない正雪の悪党ぶりが窺える。門弟村上を唆し、不伝を闇討ちにさせた上で、その村上を正雪が殺して、仇討のヒーローとして名を上げるとは。松麻呂さんが大変興味深く聴かせてくれた。