神田松鯉「男の花道」 半井源太郎と中村歌右衛門の厚い友情に胸が熱くなる

国立演芸場三月中席六日目に行きました。人間国宝の神田松鯉先生が主任を勤める興行も後半戦に入った。きょうは平日昼にもかかわらず、満員御礼。松鯉先生の弟子である伯山先生が出演ということもあるだろう。開口一番を勤めた伯山先生の一番弟子、梅之丞さんが元気いっぱいの高座を見せてくれて、番組冒頭から盛り上がる良い芝居だった。

「海賊退治」神田梅之丞/「寄合酒」三遊亭遊かり/「真田小僧」三遊亭遊雀/漫談 新山真理/「里帰り」桂小南/中入り/「阿武松緑之助」神田伯山/「粗忽長屋」春風亭柳橋/音曲 桂小すみ/「男の花道」神田松鯉

松鯉先生の“男の美学”に痺れた。まず、眼科医の半井源太郎の純真が素晴らしい。中村歌右衛門が舞台に上がってこその役者、目が見えなくなることは命を失うことに等しいという思いに、何とかしてあげたいと考える半井の医師としての矜持に惹かれる。荒療治だった手術が成功し、役者人生を続けることが出来た歌右衛門は感謝の気持ちとして、100両を渡そうとするが、半井は「金のためにやったのではない。あなたの芸が失われるのが悔しいからやったのだ」と返す。その心意気に感動する。

それに引き換え、土方縫殿助の傲慢はなんだ。医者に芸を見せることを強要し、半井が「無粋で申し訳ございません。踊りはそれなりの踊り手に踊ってもらうのが良いかと思います」と答えると、土方は「それなりというのは、坂東三津五郎か、中村歌右衛門か」と無理を言う。

このときの松鯉先生の演出が良い。半井が「中村歌右衛門とは懐かしい名前…」と言った言葉を捉えて、土方が「歌右衛門を呼ぶ?わしが何度も声を掛けたのに、断られている歌右衛門を?」とまた無理難題を吹っ掛ける。そして、「今すぐ、手紙を書け。それを中村座に届けろ。一時待って、来なかったら、お前は切腹だ」と挑発する。決して半井が自分の方から歌右衛門との約束を使おうとしたわけではないところが、半井の素晴らしいところだ。

中村座で「一谷嫩軍記」を上演中の歌右衛門の許に半井からの手紙が届く。生涯忘れない大恩人の一大事。この一大事には何があっても駆けつけると交わした男と男の約束を反故にはできない。座元の中村勘三郎の許可を得て、満場の客席に対して、半井との約束のことを語る。江戸っ子連中は、義理と人情は欠かしたことのない人ばかりだ。「早く行ってやれ」と理解を示す。これもまた、素晴らしい。

結果的に傲慢な土方の鼻をあかしたわけだが、それは半井の主目的ではなく、男の意地、医師としての矜持を示すことに思いを寄せたわけだ。結果として土方を出し抜いて驚かせただけだ。

男の友情とは、かくありたい。それは男とか、女とか、関係なく、人間として、自分の信じる道を進むということに他ならないのではないか。松鯉先生の“男の美学”、「長いものには巻かれない」というお言葉を思い出した。