「渋谷らくご 吉笑三題噺五日間」初日~三日目

配信で「渋谷らくご 吉笑三題噺五日間」を観ました。まずは、おととい、きのう、きょうと3日分を観た感想を。兎に角、立川吉笑さんの貪欲な創作魂に敬意を表する。何て、凄まじい芸人なんだ、根性のあるクリエイターなんだ!と感嘆するばかりである。

3月10日 立川吉笑「一(千人前)」(桜前線、駅伝、パフパフ)

パフパフという擬音から、暴走族のクラクションを想像し、元レディースを主人公にしようという発想からスタートしたことが素晴らしい。舞台は大塚にある“行列のできる”おにぎり屋さん。その女性店主が元大塚ピンクサファイアというレディースの総長だったアケミさんだ。

アケミさんは青春時代、スポーツに熱中したが、怪我で挫折、道を踏み外して、女性の暴走族であるレディースになった。そして、その大塚ピンクサファイアは彼女が総長になると、ぐんぐんと勢力を伸ばし、日本のレディース30万人のトップに立ったという伝説の女性だ。

今は更生して、人気おにぎり店を経営しているが、彼女の偉いところは、過去の自分のように社会から脱落した若者を雇用し、その店で働いてもらい、自信を持たせ、社会復帰への道筋をつけているというところだ。

だが、この人気おにぎり店が国の役人たちに圧力をかけられた。大塚駅前の再開発のために立ち退きを迫られているのだ。ある日、1000人前の注文が入った。それも、1つ3万円する特上桜御膳。(桜膳が千人前で、サクラゼンセンという駄洒落になっている)。注文主は役人で、明らかに嫌がらせであることが判る。だが、ここで挫けては女が廃る。注文の期日までに店員一同が力を合わせて何とかしよう!だが、目算ではどう頑張っても250人前だ。

そんな窮地に駆けつけたのが、コイケユリコ都知事だ。彼女はアケミが総長だった時代に、副総長を務めた旧知の間柄。全国にいる元ピンクサファイアのメンバーにLINEで呼びかけよう!と提案。ちなみにユリコの選挙活動もこのピンクサファイアが支持母体になっているという設定だ。

元ピンクサファイアのメンバーがバイクを倉庫から引っ張り出し、食材を運ぶリレーが敢行された。北海道から青森、青森から秋田…、襷を繋いで、まるで駅伝のように全国から大塚の地に桜御膳の食材1000人分が集まる。メンバーは皆、ピンクサファイアの制服であるピンクのツナギを着ていたから、それはまるで桜前線の上昇のようだったという…。

たった1時間半で創作したとは思えないクオリティーの高さに驚愕した。吉笑さんがサゲを言い終わった後、「ああ!」と言って気が付いた。元レディースたちがバイクに乗っているところで、クラクションを「パフパフ」と鳴らすのを忘れてしまったのだった。痛恨!と言って、そこの部分だけ演じ直した。でも、そんなことは取るに足らないことだ。物語としての完成度は抜群の高座だった。

3月11日 立川吉笑「ねづっちのこ」(つちのこ、まりも、誕生パーティー)

「つちのこ」というお題から、ピン芸人のねっづち先生の子を連想して、これを噺の主軸にしたことが素晴らしい。そして、「まりも」の生態を調べ、この生物は元々糸状になっているものが沢山集まって絡み合って、球状となり、阿寒湖のまりもは特別天然記念物という、価値のあるものになっているということから、それを噺のメッセージに転化していることに感嘆した。

昔はWコロンというコンビでテレビにも出ていた、ねづっちだが、今は寄席を中心に活躍しているピン芸人。謎かけという特殊技能で勝負している誇りがあるが、自分の息子を含めて若い世代には、「あれは単なる同音異義語を繋げているだけの駄洒落」と思われてしまう。

息子・りく君は学校の宿題で「僕のお父さん」の作文を書かなければいけないが、恥ずかしいから書きたくないという。友達からは“一発屋”“つちのこレベル”と馬鹿にされているのだ。

心配に思った母親は、ある企業の社長の誕生パーティーの営業の仕事から帰ってきたねづっちに相談する。自分がテレビで売れていた頃はゆるキャラブームで、まりもっこと共演した縁で、貰ったまりもを息子にプレゼントしたら、すごく喜んだ。以来、まりもに興味を持ち、研究し、友達からは「まりも博士」と呼ばれるくらいだという。ねづっちは今度出場するR―1グランプリの準決勝を突破し、またテレビで脚光を浴びて、息子に大きな立派なまりもをプレゼントしたいと奮起する。

準決勝も近くなったが、なかなか良いアイデアが浮かばない。やはり、単体の謎かけを羅列するだけでは、突破は難しい。何か良いアイデアはないかと悩む。準決勝を翌日に控えた夜、夢に息子・りくが出てきた。「お父さん、まりもは糸状のものが沢山集まって球状になり、立派なまりもになるんだよ」と蘊蓄を語る。そうか!幾つもの謎かけを絡ませて、立派な“まりも”のようなお笑いに変えればいいんだ!

準決勝当日。秘策を披露した。ゴルフと掛けて、ブラジャーと解く。その心は、トップがアンダーを気にしながら、よいショット、寄せてパットして、最後はカップにおさめます…。謎かけの波状攻撃がはじまった。その数、108ツ。それは伝説の謎かけとなり、準決勝を見事に突破、決勝へ進出した。

会場で見学していた息子、りく君は「父ちゃん、すごい!これで作文が書ける!」と大喜び…。テレビでタレントとして売れることよりも、寄席芸人として特殊技能を発揮するプロフェッショナルの道を歩む、ねづっち先生へのリスペクトがこめられた一席に仕上がった。素晴らしい!

3月12日 立川吉笑「犬旦那」(犬、ブッダ、新人研修)

秀作だ。大旦那ではなく「犬旦那」、つまり旦那が犬という設定にして、人間がその旦那の下で従順に働けるかという、つまりは人間の信じる心が試される噺にした。犬畜生の下でなんか働きたくない、そして金が欲しいという人間の欲望との葛藤。ブッダの教え、つまりは仏教が正確にはどういう経典なのか判らないが、古典落語「百年目」の栴檀と南縁草との関係、簡単に言えば信頼とは何かという共通のメッセージがこの創作にはあったのだと思った。

父親が早くに亡くなって、母親を助けるために、定吉は奉公に行く。その先は大店だと聞いていたし、紙には「まず、大旦那に挨拶をしなさい」と書いてある。だが、旦那の部屋に入ると砂利が敷いてあって、犬が寝そべっている。可愛いな、と顎をさすってあげると、後ろから「何をしているんだ!」と番頭に怒られた。

この犬こそ旦那で、「大旦那」ではなく「犬旦那」の間違いだった。何でも先代の旦那が野良犬を拾ってきて飼っていたら、この犬は他の犬とはどこかが違った。「お手!」と言うと、悟りの姿勢を取る。「お座り!」と言うと。座禅を組む。ハァーハァーと息が荒いと思ったら、はんにゃはらみた~とお経を唱えていた。「伏せ!」と言ったら、他の犬たちに餌を恵む。つまりは「布施」だったという…。この犬は「ブッダ様の生まれ変わりだ!」ということになり、旦那の後継者になったのだ。

定吉も人間よりも犬の奉公人(?)が多い、この大店ならぬ犬店に慣れてきた。ある一日のこと、奉公人の仲間と銭湯に行ったときに、悪巧みを唆される。「人間としての誇りを保ちたいと思わないか?犬に従う人生なんて嫌じゃないか?お前も金が欲しいんだろう?万端整えるから、あす半鐘が鳴ったのを合図に、金蔵に忍び込み、金を盗め」。

言われた通り、半鐘が鳴る。「火事だ!」。店中大騒ぎだ。定吉は金蔵に入る。山のように千両箱が積んである。だが、これを盗んでいいのか?天国の父親が囁く。「人の金に手を付けるのはよくない。罰が当たるぞ」。定吉は欲望と葛藤する。そして、盗むことができなかった。

そこに番頭がやってきて、「見させてもらった」。調べると、定吉は一両も手を付けていない。すべて旦那と番頭と奉公人たちが定吉に仕組んだ試験だったのだ。そして、犬旦那が現われ、「お前は真人間だったな。人間の欲は恐ろしい。犬畜生みたいな人間が多い。だが、お前は違った」と言い、栴檀と南縁草の関係を「百年目」の旦那のように説き、「これで新人研修は終わりだ。来年からは番頭見習いだ」と告げられる。

「信じる心、これが本当の信心研修だ」で、サゲ。見事に決まった。演り終えた吉笑さんの顔が満面の笑みになった。「こういう噺を作りたかったんだ」と充実感に満ちたことをおっしゃって、聴いているこちらも三題噺の醍醐味を味わった気分になった。