柳家さん喬「ちきり伊勢屋」、そして白酒ひとり グッドバイ

国立演芸場三月上席八日目に行きました。主任が柳家さん喬師匠で、ネタ出し興行だ。「柳田格之進」「たちきり」「唐茄子屋政談」「中村仲蔵」「らくだ」「ちきり伊勢屋」「死神」「百年目」と大ネタが並ぶ中、「ちきり伊勢屋」のきょうを選んだ。

「道具や」柳亭左ん坊/「締め込み」柳家やなぎ/紙切り 林家楽一/「佐野山」三遊亭歌奴/「岸柳島」古今亭志ん彌/中入り/「雛鍔」柳家さん助/ギター漫談 ペペ桜井/「ちきり伊勢屋」柳家さん喬

さん喬師匠、75分の長講。まず思うのは、ちきり伊勢屋の若旦那に対して、「額に死相が出ている。あなたは来年2月15日に死ぬ。それまで善行を積み、施しをしなさい」と断言する、易者の白井左近が罪作りだということだ。このことによって、若旦那の清次郎は運命に翻弄されるのだ。

実際、幕府は人の生き死にを占ってはいけない、とこの白井左近を江戸所払いにしている。それが後になって、左近が江戸を出て、高輪で売卜をしているところを、清次郎が出会って、「いい加減な占いをして」と抗議すると、「額の死相が消えている。あなたはどなたかの命を助けたのではないか」と言う。これは当たっているのだけれども。

前提として、清次郎の父親が他人を踏み倒して、あくどい商売をして、財を成したため、ちきり伊勢屋は陰で“泥棒伊勢屋”と呼ばれていて、恨みに思っている人が沢山いた。その怨念が、息子にも及んで死を宣告されたのであり、また妻帯しても、自分の子供にもその不幸は及ぶというのである。だが、清次郎に罪はない。

清次郎は左近の言う通り、施しをした。乞食に飯や金を恵む。店に入っているお客さんの質種を全部返してやる。病気で苦しんでいる人にお見舞いをして医者代や薬代を出してやる。だが、そういった施しをすればするほど、清次郎には人間の厭らしさが見えて、心が嫌な気持ちになるが、世間というのはそういうものかもしれない。

いっそ、死ぬまでに財産が尽きるまで遊んでやろうと、それまで足を踏み入れたこともなかった吉原に行く。芸者や幇間をあげて騒いで、散財する。そこで知り合った幇間の善さんと待乳山へ行ったときに、思いつめた様子の親子三人連れを見つける。

父親と娘2人。川に身投げして心中しようとするところを清次郎が助ける。事情を訊くと、父は白木屋利兵衛という仕立て職人で、店が火事になり、借金で首が回らなくなったので、娘を吉原に身売りしなければなかった。いっそ、死んでしまおうと思ったのだと言う。清次郎は白木屋再興の資金を出してやり、親子3人は救われた。

と同時に、娘のおみよのことが好きになった。だが、清次郎は間もなく死んでしまう運命にあることを思い、告白できない。雪の降る、節分の日の清次郎とおみよの描写が、三味線も入り、何とも言えず良かった。

やがて2月15日。清次郎は用意された棺桶に入り、弔いを済ませ、墓に埋められる。酔いが回って寝ていた清次郎だったが、実は死んでいなかった。棺桶から飛び出し、着の身着のままで町を彷徨う。幼なじみの正ちゃんと出会い、いろは長屋で暮らすことする。駕籠屋をやってはどうかと勧められ、始めると、客に昔馴染みだった幇間の善さんが偶然乗る。「死んだはずでは?」「それが死ななかったんだ」。運命の再会だ。善さんは羽織を脱ぎ、これを金に変えなさいと渡す。

この羽織を質に入れようと入った店が、昔助けた白木屋利兵衛の弟が経営する質屋だった。利兵衛は2月13日に亡くなったという。清次郎の代わりにあの世に逝ったのか。そして、弟は「娘のおみよがあなたをずっと慕っていた。所帯を持って、ちきり伊勢屋を再興してください」と願う。あぁ、何という運命の悪戯か。清次郎は再び、ちきり伊勢屋の主人となるばかりか、初めて好きになったおみよと夫婦になるという…。運命に翻弄された男の物語を食い入るように聴いた。素晴らしい高座だった。

夜も国立演芸場で、「白酒ひとり グッドバイ」を観ました。桃月庵白酒師匠の自主公演はこれをもって終了するそうである。10月いっぱいで国立演芸場が閉鎖され、再建までに6年以上かかるということで、これが良いタイミングだったと師匠はおっしゃっていた。(ちなみに、それまでの内幸町ホールから国立演芸場に会場を移したのは、2011年の5月)

「ずっこけ」「不動坊」「花見の仇討」の三席だ。「ずっこけ」は主人公の熊さんが居酒屋で小僧を相手に管を巻くところ、迎えに来た兄貴分に絡むところ、全編において酔っ払いのグズグズ加減が面白い。

「不動坊」は白酒カラーに染まった爆笑落語。♬お滝さんがうちに来るぅ~と作詞作曲して浮かれる吉公が愉快。湯屋で吉公の道連れにされた気弱な男が、湯船の中で「お滝!」に呼応して「お前さん!」と返すテンションが戸惑いから本気になっていく過程が実に可笑しい。

幽霊大作戦では、ちんどん屋の万さんがアルコールを餡ころと間違えて買ってきて、「折角だから、隣町の美味しい餡ころにしたんだ。喜んでもらおうと思って!」と自分の非を認めながらも、誠意を汲んでもらおうというのが愉しい。で、鍛冶屋の鉄っつぁんが色黒で、闇に紛れてしまい、急に声を出して、「ビックリさせるな!」と怒られるのも好きだ。

「花見の仇討」は、六ちゃんと金ちゃんの巡礼兄弟役のお遊戯会みたいな仇討勝負に大笑いしてしまう。紙に書かれた台詞を棒読みし、「親の敵!」が「マヤの遺跡」だったり、「山のマタギ」だったり。「汝はガーシー議員よな!」もこの時期限定のギャグだ。登場人物が皆、漫画の登場人物のように絵が浮かんで、愉しい春の一席となった。