大利根勝子引退興行、そして講談新扇会

「大利根勝子引退興行」に行きました。天にとどろけ、地に響け!浪曲の魂、とサブタイトルにあるように、浪曲師として70年歩んだ全盲の勝子師匠の魂の叫びのような最後の高座に感極まった。生きる勇気を頂いた。

昭和17年、岩手県東磐井郡八沢村(現在の一関市)出身。5歳の時に麻疹による高熱が原因で視力を失った勝子は、11歳で大利根太郎に入門し、少女浪曲師として東北や北海道を巡業して廻った。浪曲ブームが下火になると、マッサージ師の免許を取得、養成所で知り合った夫とともに前橋市にマッサージ店を開業し、浪曲の活動を一時停止した。だが、夫の勧めもあり、平成6年から木馬亭を拠点に浪曲師としての活動を再開した。以来、30年近く、前橋と木馬亭を往復する日々を続けてきたが、「体力も気力もそろそろ限界」と引退を発表し、きょうが最後の高座になった。

「阿漕ヶ浦」玉川わ太・玉川みね子/「塩原多助 円次の死」玉川奈みほ・沢村まみ/「自転車水滸伝 ペダルとサドル」玉川太福・玉川みね子/トーク 大利根勝子×玉川奈々福×玉川太福/中入り/「浪花節更紗」玉川奈々福・沢村豊子/「花売り娘」大利根勝子・玉川みね子

トークは聞き応えがあった。勝子師匠の両親は娘が失明したため、どのように育てようか悩んだという。イタコにしようか、とも考えていた矢先、巡業で訪れていた浪曲師夫婦に「私たちが面倒をみましょうか」と誘われ、浪曲のことなど何も知らなかった勝子師匠は家族の勧めもあり、実家を離れることになった。

大利根太郎師匠の家に住み込みである。弟をおぶった母親が見送る姿を思い浮かべると、今でも涙が止まらないという。でも、師匠のおかみさんが「きょうから、あなたはうちの子だから。ごはんも食べさせてあげるから」と優しい言葉を掛けてくれたことは忘れないとも。

浪曲が全国的に人気の時代だった。各地を巡業して廻った。泊まる宿では、布団が足りないこともあった。目の不自由な勝子師匠は布団を確保できないことも多々あり、困っていた。そうすると、優しい男性が「勝子さん、一緒に寝ようか」と声を掛けてくれた。でも、師匠は娘のように可愛がっていたから、何か間違いがあるといけないと、「(一枚の布団で)柏餅で寝なさい」と言ったという。

喉の調子が悪いときに、師匠から「蛙を飲むといい」と言われ、それは冗談なのだろうが、幼い勝子師匠は本気で信じて、姉弟子と田圃に行って蛙を探し、それを飲み込んだという。「なんだか、胃が気持ち悪くなりましたよ」。今となっては笑い話だが。

先輩から意地悪されることもあった。三味線の調子をわざと合わせないように弾いて、節をうなりにくくするなんてこともあった。そういう人のことは今でも忘れていないという。そういうことも含めて、勝子師匠のあの魂の叫びのようなパワフルな高座がうまれるのだなあ。

トークの最後には、「(目には見えないけど)こんなにお花を贈っていただいて、嬉しいです」と言った後、「生きてきて良かった!」と叫んだ言葉に僕は胸が詰まった。

勝子師匠の最後の演題は「花売り娘」。浪曲師になったときに最初に教わった演題だ。初心に返るという意味もあるのだろう。外題付けを、「1月に太福さんに呼ばれたとき(木馬亭月例独演会)、十二カ月をやったんだけど、失敗して、9月を抜かしちゃったんです。だから、ここでやり直します」と言って、やり切ったのはすごい。引退すると言っても、芸人としての根性は捨てていない。素晴らしい。

「花売り娘」の主人公さなえと勝子師匠はどことなく重なる。実の親と育ての親、どちらも大事で、どちらを選ぶことなんてできない。言葉には出さないけれど、通じ合う親子の感情、それは愛情だと思うのだけれど、その親子愛を大切にしたいというメッセージが籠められているような気がする。これで引退しちゃうの?と思うくらい、本当にパワフルな高座だった。

高座が終って、大団円。みね子師匠から花束を受け取った勝子師匠はマイクを渡され、こう叫んだ。「私、大利根勝子はきょうで失礼させていただきます。これまでの温かい声援、ありがとうございました」。そして、陰で支えた夫君が袖から現れ、「きょうまで、よく頑張りましたね」と声を掛ける姿に涙を禁じえなかった。僕は生きる勇気を頂いた。ありがとうございます。

夜は神保町に移動して、「講談新扇会」に行きました。神田紅純さんと田辺いちかさんの二人会だ。僕は初めて行ったのだけど、鶴屋南北の「東海道四谷怪談」の俥読みを続けていて、きょうは第7話と第8話。全9話だから、あと少しでゴールということだ。

「秋色桜」神田紅純/「長短槍試合」田辺いちか/中入り/「東海道四谷怪談⑦ 深川三角屋敷」田辺いちか/「同⑧ 小汐田又之丞隠れ家」神田紅純

いちかさん、お袖の気持ちになる。夫だった与茂七の仇討をしたいがために、直助と仮の夫婦となったが、姉のお岩の死を宅悦から聞き、改めて仇討を誓って直助に身体を許したが…。死んだはずの与茂七が姿を現し、もはや死を覚悟するしかないお袖の気持ちに思いを馳せた。

紅純さん、赤穂義士伝の裏表の関係が面白い。以前の家来・小平の屋敷で病気療養中の赤穂浪士・小汐田又之丞は、民谷伊右衛門の母で、孫兵衛の女房となったお熊の陰謀で盗みの容疑がかけられる…。訪ねてきた同じ赤穂浪士・赤垣伝蔵といよいよ仇討本懐の話を密かにしていたが、盗みの容疑でご破算になる無念。そこへ小平が秘薬のソウキセイを持って現れるが、実はそれは小平の霊だったという展開。ソウキセイのお陰で足腰が立った又之丞は仇討できるのか。

8月10日~12日の3日間連続で、お江戸日本橋亭で全9話をお二人の俥読みで通し公演するそうだ。これは楽しみ!