泉岳寺講談会、そして通し狂言「霊験亀山鉾」四幕
泉岳寺講談会に行きました。一昨年にスタートした、講談協会と日本講談協会が合同で出演するこの会も、きょうが15回目。前座2人、二ツ目2人、真打2人が平等に両協会から出演しており、お互いの刺激になるのではないかと思った。
「大久保彦左衛門 将棋の御意見」神田青之丞/「笹野名槍伝 海賊退治」一龍斎貞介/「慶安太平記 正雪の生い立ち~紀州公出会い」神田松麻呂/「高野長英 水沢村涙の別れ」田辺鶴遊/中入り/「真柄のお秀」田辺凌天/「大石の妻子別れ」神田紫
紫先生、大石の妻お石の胸中に思いを馳せる。大石内蔵助が敵の目を欺くために、太夫を身請けして屋敷に住まわせるから、姉だと思ってくれという。お石は承知できないと言うと、内蔵助は離縁状を書き、これを持って但馬豊岡の実家に帰れという。そりゃあ、そうだ。
内蔵助の実母、二人の息子を伴ってお石の実父である源五兵衛の元へ。源五兵衛も何かあるのだろう、とは思ったが、素直に優しく迎え入れた。そして、元禄15年の年末、寺坂吉右衛門が使者として仇討本懐を遂げたことを報告に来た。
討ち入りの様子を目に浮かぶように語る寺坂に聞き入るお石の目に涙が。赤穂義士の妻に焦点を当て、女性としての情感をものの見事に描いていた。
夕方からは歌舞伎座に移動して、二月大歌舞伎第三部、通し狂言「霊験亀山鉾」亀山の仇討を観ました。片岡仁左衛門、一世一代にて相勤め申し候である。いやあ、素晴らしかった。
この「霊験亀山鉾」は昭和初期に前進座で上演されて以来、途絶えていたが、平成元年に二世中村吉右衛門の主演で復活公演。以後平成14年に脚本を新たに補綴し、片岡仁左衛門主演で国立劇場で上演され、平成21年大阪松竹座、平成29年に国立劇場と同じ仁左衛門丈の芝居として上演された。今回初めて歌舞伎座での公演で、これが演じ納めとなる。
主役である藤田水右衛門の徹底した冷酷かつ色家のある悪の華を咲かせるような芸をできるのは仁左衛門丈以外に考えられないからであろう。だが、この芝居の魅力は仁左衛門丈の演技の素晴らしさだけでなく、次々と思わぬ仕掛けが施された鶴屋南北ならではのストーリーの面白さがあってこそだと思う。
簡単にまとめると、石井右内を闇討ちにした藤田水右衛門に対し、右内の親族が仇討をしようとする、水右衛門vs石井一族の物語だ。水右衛門の側に立つのは、父の卜庵、隠亡の八郎兵衛、掛塚官兵衛、丹波屋おりき等。一方、石井一族の側は右内の弟の兵介、右内の養子の源之丞、源之丞の妻のお松、息子の源次郎、母親の貞林尼、お松の兄の袖介、芸者おつま、右内の家来の轟金六、勢州亀山家中の大岸頼母、息子の主税等。
水右衛門の極悪非道なやり方で次々と石井一族らが殺されていくのがまず第一の見所だろう。甲州石和河原での仇討では、敵討検使の役が卜庵と懇意な掛塚官兵衛で、水盃に毒薬を仕込み、兵介はこれを口にして簡単に殺されてしまう。また、駿州安倍川堤では、官兵衛が落とし穴を掘らせて、誘き寄せられ、そこに落ちた源之丞はあえなく水右衛門に斬り殺されてしまう。駿州中島村焼き場では、棺桶の中に潜んでいた水右衛門が、源之丞の供養にやってきたおつま、そして腹の中の子諸共、命を奪う。そのときの、水右衛門の「石井家縁者の人々の命をいくつ奪ったのか」と指折り数えて不敵に笑うのが印象的だ。
あと、この芝居の見所として、仁左衛門丈が水右衛門と二役を勤める隠亡の八郎兵衛の存在だ。駿州弥勒町丹波屋。香具屋弥兵衛になりすました源之丞と芸者おつまは恋仲になり胤まで宿した間柄で、石井家の側に付いている。おつまは水右衛門の似顔絵を描いた団扇を金六から貰ったが、そのときに丹波屋に現れたのが古手屋の八郎兵衛(実は隠亡の八郎兵衛)で、この八郎兵衛を水右衛門と思い込み、その素性を探ろうと、わざと源之丞に愛想尽かしをするのだ。
だが、本当の水右衛門は女将のおりきが二階の部屋に匿っていて、それがおつまにも知れると、これは一大事と源之丞にそのことを知らせると同時に、間違って手に入れた手紙から「今晩の内に水右衛門は安倍川原まで立ち退く」と教える。だが、それも全て水右衛門と官兵衛とおりきの作戦だった…。
仁左衛門丈の二役早替りという演出の面白さもあるが、その後八郎兵衛が古手屋ではなく焼き場の隠亡だったことも含め、“八郎兵衛の存在”がストーリーの展開の妙を楽しめる大きな要素になっている。
もう一つ、存在として重要だと思ったのは、源之丞の母親・貞林尼である。源之丞の妻のお松が住む播州明石の家に突然訪れ、これまでは身分違いということで認めなかった源之丞との夫婦の仲を認め、祝言をあげようという。だが、貞林尼が取り出したのは源之丞の位牌。泣くお松に対し、孫の源次郎に敵を討たせたいと言う。
だが、源次郎は奇病持ちで、足腰が立たない。治すには、人間の肝臓の生き血を飲ませなければいけない。貞林尼は自らの肝先に懐剣を突き立て、その生き血を孫に与えた。すると、源次郎の病は治癒し、すくっと立ち上がった。そして、貞林尼は安心して息を引き取る。これが、大詰の勢州亀山祭敵討へとつながるのだ。さすが、鶴屋南北、素晴らしい。
藤田水右衛門・隠亡の八郎兵衛:片岡仁左衛門 芸者おつま:中村雀右衛門 石井源之丞・石井下部袖介:中村芝翫 源之丞女房お松:片岡孝太郎 石井兵介:坂東亀蔵 若党轟金六:中村歌昇 大岸主税:片岡千之助 石井源次郎:中村種太郎 石井家乳母おなみ:中村歌女之丞 縮商人才兵衛:片岡松之助 丹波屋おりき:上村吉弥 藤田卜庵:松本錦吾 仏作介:片岡市蔵 大岸頼母・掛塚官兵衛:中村鴈治郎 貞林尼:中村東蔵