文楽「心中天網島」、そして全国若手落語家選手権
国立劇場二月文楽公演第1部に行きました。今回は第1部から第3部まで、近松名作集ということで、近松門左衛門の作品の上演である。きょうは「心中天網島」。北新地河庄の段の切、竹本千歳太夫。それに、大和屋の段は豊竹咲太夫病気療養休演で織太夫の代演だったが、素晴らしかった。人形遣いでは、天満紙屋内の段、紙屋治兵衛の吉田玉男と女房おさんの吉田和生のやりとりが良かった。
紙屋治兵衛の駄目男ぶりを描く浄瑠璃である。何が駄目かって、まず女房おさんという存在がありながら、曾根崎新地の紀の国屋小春と3年にわたって逢瀬を重ねていること自体が駄目なのであるが、その上で商売仲間の江戸屋太兵衛が小春を身請けすると聞くと、心中すると言い出す。周囲の説得もあって翻意して別れる素振りを見せながら、結局心中してしまう。
この駄目男を巡って、人の好い女房おさんをはじめとする親族があの手この手で改心させよう、真人間にしようと世話を焼くのだが、結局は周囲に迷惑をかけてしまう。駄目だなあ、と終始思うのだが、なぜか人気演目なのは、どこかで放っておけない何かがあるのだと思う。
孫右衛門は優しい兄だ。侍になりすまし、小春の本当の心を探りにいく。治兵衛との心中を覚悟している小春だが、「本当は死にたくない」と本心を明かす。ならば、治兵衛と別れることを勧めるが、実は治兵衛の女房おさんから「夫の命を助けてほしい」という趣旨の手紙を貰い、おさんへの義理立てから小春は治兵衛を諦めようとしていることが判る。
それを知った治兵衛が怒り、涙を流す姿を見て心が揺らぐ小春を制する孫右衛門の立場を考えると、駄目な弟を持った兄の責任感が窺える。おさんの父母、つまり治兵衛の舅と姑が娘をないがしろにしている治兵衛を許さず、離縁を望んでいるが、そのことも孫右衛門は一身に引き受けた親族代表として、心を鬼にして心中を止め、別れ話を進めなければいけない辛さがあるのだと思う。
そして、立派なのは治兵衛の女房おさんだ。天満紙屋内の段。おさんの母と孫右衛門が治兵衛に「小春と縁を切った」旨の誓紙を書かせて帰った後、炬燵で横になった治兵衛が涙を流しているのを見て、小春への未練をおさんはなじるが、そうではなくて、金がなくて身請けできなかったと太兵衛に言い触らされ、面目がつぶれるのが悔しいと治兵衛は言う。自分の駄目さを棚に上げて、プライドばかちが高いのは駄目男の典型だ。
さらに、太兵衛に身請けされるくらいなら死ぬと言っていた小春が、自分と別れた途端すぐに身請けされるような女なんだと治兵衛は小春を軽蔑する始末。それは違う!おさんはそれに気が付く。小春は死ぬ気なんだと。そして、おさんは治兵衛が小春を身請けして命を救い、夫の面目も保てるように、商売用の金を治兵衛に渡し、足りない分は質入れで補おうと衣類をかき集める。何と、健気な!
駄目な男の周りには、なぜか出来た人間が集まる。この世の不思議というか、世の中、そうやって回っている部分があるのかもしれないと思った。
夜は新宿に移動し、「公推協杯 全国若手落語家選手権」本選に行きました。プログラムによれば、落語文化と若手落語家を応援するため、公益推進協会の助成と古今亭志ん輔師匠の監修、東京かわら版協力のもと立ち上がった選手権だそう。自薦と全国の寄席や落語会のスタッフに入門15年以下の落語家を推薦してもらい、出場者15人を選出。計3回、5人ごとの予選を勝ち進んだ三遊亭わん丈(8月)、立川吉笑(10月)、春風亭一花(12月)の3人がきょうの本選で激突、わん丈さんが優勝した。
審査員は古今亭志ん輔師匠、中村真規氏、布目英一氏、広瀬和生氏。この四人がそれぞれ30票持っていて、出場者に任意の票数を振り分けて投票できる。それに加えて、会場に来たお客さん(450人ほど)が1票ずつ投票し、集計した結果で決まった。以下は出演順に個人の感想。
「一人相撲」立川吉笑(2位)
擬古典という独自の新作のスタイルを確立している。この噺も江戸の相撲の様子を大坂の商家の奉公人たちが出張して見てきて、主人に伝えるが、その奉公人たちの相撲の見方が色々な意味で頓珍漢で、報告がチンプンカンプンという面白さが炸裂していた。事前に演目名がプログラムに発表されていて、それがサゲに繋がるというのはマイナスに働いたのかもしれない。また、トップバッターの不利というのもあったかもしれない。ただ、NHK新人落語大賞で満点で優勝した「ぷるぷる」を持ってこなかったのは、ある意味漢気を感じた。
「粗忽の釘」春風亭一花(3位)
本寸法。正攻法。大師匠柳朝~師匠一朝の流れを組むこの噺のスタイルを崩さずに、しっかりと演じた。江戸言葉が良く出来ているし、独特のフラもあるので、笑い所は確実に笑いを取るが、オリジナリティという点で物足りなさは感じた。講評で志ん輔師匠が、独自性を打ち出すか、あくまで古典に忠実に演るか、今とても悩んでいる時期だと思うが、悩んでいるうちに答えが出てくるというような趣旨のことをおっしゃっていた。僕もそう思う。小手先、目先の笑いに走るより、骨太な噺家に成長してほしい。
「お見立て」三遊亭わん丈(1位)
マクラから本編まで自分が笑いを取れる鉄板で勝ちにいった、とは審査員の広瀬和生さんの講評。終始、計算された噺運びで笑いが絶えなかった。本編も編集して喜助が杢兵衛大尽に入院していると言った後に再び喜瀬川花魁のところに戻ってきた場面から入り、以降も緻密な計算がされている。オリジナルのクスグリも随所に散りばめられており、そこが一花スタイルと対照的だった。ただ、志ん輔師匠は「この会場に来ている(落語をある程度知っている)お客さんだから、受けるし、票も取れるけど、NHK(新人落語大賞)はあれでは取れないよ」と厳しい講評も。
この日は選手権を観に行ったわけだが、投票結果を集計している時間に志ん輔師匠の高座があった。プログラムには「お楽しみ」とあったが、何と!「宗珉の滝」が聴けたのにはビックリした!広瀬和生さんも「宗珉の滝が全部持って行きましたね」と言っていたが、志ん朝師匠を彷彿とさせる素晴らしい高座だった。