「人間万事金世中」~強欲勢左衛門始末~
「壽初春大歌舞伎」第二部に行きました。去年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で好演し人気を得た坂東彌十郎丈が歌舞伎座では6年ぶりに主演となる「人間万事金世中」が面白かった。幕末から活躍した狂言作家・河竹黙阿弥が手掛けた「散切物」と呼ばれる作品。散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がする。社会の教科書で習ったけど、明治という新しい時代を背景に、当時の新しい風俗を取り入れた作品をこう呼ぶのだそうだ。イギリスの劇作家、リットンの戯曲「money」を黙阿弥が翻案脚色したとプログラムに書いてあった。
「人間万事金世中」~強欲勢左衛門始末~二幕三場
辺見勢左衛門:坂東彌十郎 勢左衛門妻おらん:中村扇雀 恵府林之助:中村錦之助 倉田娘おくら:片岡孝太郎 勢左衛門娘おしな:中村虎之介 番頭蒙八:吉三郎 若い者鉄造:澤村宗之助 親類山本当助:大谷桂三 代言人杉田梅生:市川男女蔵 門戸手代藤太郎:中村松江 雅羅田臼右衛門:嵐橘三郎 毛織五郎右衛門:中村芝翫 寿無田宇津蔵:中村鴈治郎
強欲がテーマである。人間の金に執着する側面を、彌十郎演じる勢左衛門、妻おらん、娘おしなの辺見一家と親類の臼右衛門に表現されている。その反対の人間の情を大切にする一面を、錦之助演じる林之助、おくら、五郎右衛門らに表現されている。これらの登場人物に巻き起こる事柄を通して、金に転びがちな人間の愚かさと、情に厚い人間の美しさを描いている。まぁ、そんな大袈裟に言わなくても、肩肘張らずに笑いながら楽しめる作品だ。
勢左衛門&おらんの一家が、不幸な身の上の甥の林之助や姪のおくらに対し、使用人としてこき使った上で、「穀潰し」とまで言い捨てるくらいに冷酷で、毎日金儲けのことばかり考えている、まさに“強欲”の塊として描かれているのがこの芝居の面白さだ。
そこに長崎に住む親類で、莫大な財産を持っていた、門戸藤右衛門が逝去したとの報が入ることで、人間の本性が顕われる。門戸の手代の藤太郎が藤右衛門の遺言状を持って、同じく親類の五郎右衛門に連れられてやってくると、戦々恐々だ。
遺言状の開封。五郎右衛門が読み上げる。遺産の分配だ。五郎右衛門に千円、おくらに百円、臼右衛門には分配なし。そして、注目の勢左衛門一家にはたったの三円!日頃の不義理が祟った。一方で、林之助には何と二万円が譲渡されると書いてある。月々の挨拶状を送っていた林之助の情が認められたのだ。ガックリする勢左衛門一家との対照が面白い。
で、林之助はその遺産金を元手に独立、陶器店を開店する。そこへ開店祝いと称して勢左衛門一家がやって来るが、見返りを期待する下心が見え見えだ。娘のおしなを嫁に貰ってくれと言う。前々からその腹づもりだったと言い、おしなもずっと思いを林之助に寄せていたのだと、心にもないことを言う。
そこに登場したのは、寿無田宇津蔵という男。林之助の亡き父が米相場に手を出していたときに一万円を貸していた、利息を含めて二万円を返済してほしいと要求する。これまで返済を迫らなかったことに恩義を感じた林之助は、あっさりとこれに応じ、店の権利書も手放して、精算する。するとどうだろう、勢左衛門一家は掌を返したように、「親類付き合いはしない」と冷たく去っていってしまった。強欲は冷酷である。
さっそく勢左衛門は金儲けの矛先を変え、姪のおくら五郎右衛門の養女にして、養育費二百円をせしめ、満面の笑み。だが、そうは問屋が卸さないのだよ。林之助の父が作った一万円の借金の話は、宇津蔵が拵えた作り話だったのだ!勢左衛門の本心を測るための策略だったのだ!そして、五郎右衛門の養子となった林之助は、おくらと夫婦となる。やったぜ!ざまあみろ!まんまと欺かれた強欲の塊、勢左衛門はおとなしくするしかないのであった。
実に痛快なお芝居を楽しむことができた。