神田伯山「大名花屋」襲名後も講談人気をグイグイ引っ張る。力強さと優しさを兼ね備えた男。
練馬文化センターで「神田伯山独演会」を観ました。(2022・06・20)
今の講談人気があるのは、やはり伯山先生が松之丞時代からコツコツと努力と工夫で積み上げてきた成果であるのは誰も認めるところだろう。そして、真打に昇進して伯山という大名跡を襲名した後も、変わらずにその努力を重ねている素晴らしさが、この独演会にも顕われていた。
客席に「講談を初めて聴く人は?」と問いかけ、パラパラと手を挙げる人を見つけると、一席目は「扇の的」を読んだ。初心者でもわかりやすい読み物を選ぶことで、「講談って難しい芸能ではないですよ」といざなってあげる努力は松之丞時代からずっと変わっていない。
また、冷房が効きすぎて、寒そうにしているお客様が目についたようで、高座の合間に会場関係者に言って、冷房の設定温度を上げてもらったと報告。どこまでも行き届いた配慮、サービス精神の細かさは流石である。「芸さえ良ければいいだろう」という態度を全く見せないところが素晴らしい。
この日は、「扇の的」「阿武松」「小幡小平次」の三席を中入り前に。特に怪談の「小幡小平次」は照明の効果を存分に利用して、聴き手の心を一瞬たりとも離さない。これも講談という話芸の魅力をより多くの人たちに知ってもらおうという工夫であり、心遣いだ。
中入り後に聴いた「大名花屋」は、僕は初めてだった。伯山襲名後は独演会のチケットがさらに取りづらくなって、なかなか高座に触れることが出来ない僕にとっては嬉しかった。「常連さんにはまたあの話か、と思われるかもしれませんが」と断っていたが、良い芸は何度聴いても良いので、そういう不満も生まれないだろう。
花屋喜兵衛夫婦と一人娘お花に尽くす飯炊きの伝助の優しさに痺れた。沢山舞い込む縁談をお花が断っていたのは、そうした伝助への恋心であることがビシビシと伝わってきた。
だが、義理のある近江屋の若旦那と望まない婚礼をすることになってしまったお花。その時の伝助の気持ちはいかばかりか。行間からお花と伝助の相思相愛の気持ちが感じ取れるのも、伯山先生の話芸ゆえだろう。
そして、近江屋の冷酷さ。火事に遭った花屋喜兵衛夫婦とお花を追い出してしまうのだから、長屋を借りてきてこの3人を甲斐甲斐しく世話をする伝助とは対照的だ。
喜兵衛が「お花の婿になってほしい」と伝助に頼む。すると、伝助はしばらく出て行ってしまう。どうしたのだろう?機嫌でも損ねたのか?そこに現れた松平右京太夫の使者。伝助は、実は伝之丞という右京太夫の子息だったのだ。実にドラマチック。
伝助こと伝之丞は二代目花屋喜兵衛となり、生涯親孝行したというハッピーエンド。陰惨な怪談で怖がらせて、最後は心洗われる良い話で終わった、素晴らしい独演会だった。