黒澤明vs.勝新太郎 「影武者」主役降板劇の裏には二人の天才のせめぎ合いがあった(7)

NHK総合の録画で「アナザーストーリーズ 天才激突!黒澤明vs.勝新太郎」を観ました。

きのうのつづき

破局はやはり避けられなかったのだろうか。

油井昌由樹は語る。

(勝さんは)自分が本当にやりたければ、土下座してでもやるべきだったと思うよ。本当にもったいなかったと思う。あれをやっていたら、もっと勝さんに会いたいんじゃない、今の人たちが。

勝新太郎はその後、「影武者」の事件については多くを語ってはいない。

弟子だった谷崎弘一は語る。

(降板後)勝プロ事務所で会いましてね。普通に挨拶して、「おはようございます」ってね。師匠(勝)の方も、「まあな。いろいろあるわ」。黒澤さんがどうのこうの、そんなの全然ひと言も聞いていませんね。

脚本家の中村努は言う。

黒澤さんを信じていたというか、尊敬していたというか。ただ、黒澤さんは勝さんの振る舞い方は嫌いだった。黒澤さんはそれを受け入れる大きなものがなんでなかったのか。勝さん側から見ればね。

映画評論家の白井佳夫が語る。

「影武者」のことを言いだすと悔しいことばかりでね。悔しかったのは、黒澤さんと勝さんだけじゃない。双方の映画を見守っていた日本映画の大好きな人間はみんな、なんで出来なかったのかという悔しさがありますね。

黒澤は「影武者」の完成直後に、こう語っている。

もう僕も歳だしね。一本、一本、これでおしまいだと思って仕事しているんですけどね。できれば、あと少なくとも5本くらい撮ったら満足して死ねるんじゃないかな。

「影武者」の制作総指揮に名を連ねているアメリカの巨匠、コッポラ。実は以前から勝とは親交があり、降板後の勝をカリフォルニアの自宅に招待している。

同行した勝のマネージャー、アンディ松本は振り返る。

親父(勝)が持って行ったお土産が鎧兜一式。お茶目なんだよ。親父の「影武者」をコッポラも楽しみにしていたはず。「ごめんね。やっちゃったよ」って。

幻に終わった黒澤明と勝新太郎の「影武者」。それは幻だからこそ、いつまでも語り継がれるに違いない。