黒澤明vs.勝新太郎 「影武者」主役降板劇の裏には二人の天才のせめぎ合いがあった(2)

NHK総合の録画で「アナザーストーリーズ 天才激突!黒澤明vs.勝新太郎」を観ました。

きのうのつづき

1979年放送のNHK特集「黒澤明の世界」に、「影武者」の制作過程を追ったこんな一幕がある。勝新太郎が黒澤明の横で、こんな発言をしている。

日本中探してもいないんだ。俺を自由にいじってくれる人は。めぐり会えないんだよ。だから初めてなんだよ、俺は。撮ってんの?少しおいしいこと言い過ぎたんじゃないかな。そういうの、撮らないでよ。

しかし、勝を記録した多くの映像は主役を降りたために、未公開のまま残されていた。残念なことに、音がついていない。衣装合わせの映像。

野上照代が言う。

この頃ははしゃいでいましたよ。あたしになんか、もうね、「嬉しくてしょうがないんだ」とか言って、はしゃいでいました。

メイクテストの映像では、勝が演じる信玄とその弟役の山崎努が、兄弟らしく似るように試行錯誤している。

絵コンテ、メイク、衣裳、ロケハン、時代考証と、精力的に納得がいくまで準備を続ける黒澤。野上が驚く意外な仕事までこなした。出演者をプロ、アマ問わずにオーディションで選ぶことを決意。大胆な新聞広告を自ら作った。

先生(黒澤)は「とにかく宣伝しなきゃだめだ」。新聞広告の文章も全部自分が書くんですよ。

オーディションの応募は1万5千人にも及び、書類選考を経た1200人全員と黒澤は面接した。このとき、演劇経験ゼロで徳川家康に抜擢されたのが、油井昌由樹だ。

「影武者」の撮影は、勝の体が空くのを待つ間、油井扮する家康のシーンなどからはじまった。

油井が振り返る。

「はい!スタート」っていうのが始まって、俺は普通にやって、一発目で「はい、オッケー」が出る。その黒澤さんのOKがね、雄鶏みたいで。コケッコーみたいな。

黒澤にとって実に4年ぶりの思いがこもるOKだった。油井はこれ以来、黒澤の家に出入りするほど親密な関係になる。持ち前の人懐っこさから、勝にも可愛がられた。

どっちもね、お山の大将というか、いい意味でね。まさに孤立した大きな山のような存在だったよね。

そんな勝を黒澤はあえて選んだ。

影武者としての無頼な感じっていうのは、黒澤さんは無頼はやれないんだから、それを任せたんだから、勝さんに。それが楽しみで勝さんを選んだと俺はもう疑わない。

だが、派手な記者会見での黒澤の笑顔の裏で、勝とのすれ違いが生じはじめていた。黒澤は信玄と影武者のメイクの参考のため、勝に顔写真を送ってくれるように頼んだ。莫大な量の写真が届き、その数枚には「これを使ってほしい」という意味の丸印が付けられていた。

野上が語る。

「丸が付いたのがいい」というから、そんなのこっちに任せとけって、だいたい役者がなんだって、もんですよ。ちょっと失敗したなという気持ちは徐々に膨らんだでしょうね。

1979年7月17日。勝が現場に入った。この日はリハーサルだが、黒澤は本番のセットで本番通りの衣裳をつけておこなう。

兎に角、このシーンしかやっていないから。「出かすも出かさぬも他に仕様はなかった」。このセリフだよね。リハーサルでセリフを台本通り言わないんだもん。いちいちね、違うセリフで言うのよ、彼はね。わざと言うんだと思う。この方がいいんじゃないかって。「違うったら、勝くん」。だんだん荒っぽくなってきて。

勝の振る舞いについて、助監督だった大河原孝夫はこう振り返る。

テストをやるたびに違う言い方というのは、演出家としては「どの芝居をしたいんだ」って言いたくなる態度ですよね。仮に黒澤さんでなくても、演出家としては「何を迷っているんだ。ベストの芝居、これだというものを演技してくれ」と言いたくなりますよね。

この翌日、決定的な事件が起きる。

つづく