【文楽5月公演 第2部】「競伊勢物語」老母の小よしに感情移入して、悲しみにくれる。

国立劇場小劇場で「人形浄瑠璃文楽5月公演 第2部」を観ました。(2022・05・23)

「競伊勢物語」玉水渕の段~春日村の段

東京では昭和62年以来、35年ぶりの上演だそうだ。切り場語りになった竹本千歳太夫の熱演がなんといっても印象的な公演だった。

老母の小よしに感情移入して、胸が痛くなった。娘の信夫と婿の豆四郎と仲睦まじく暮らしていた小よしなのだが、公卿の紀有常が現れたことで事態は一変する。

有常はかつて太郎助という名で奥州に住んでいて、小よしとは隣同士だった。それが10数年ぶりに再会。はったい茶を飲みながら昔話に興じるまでは良かったのだけれど…。何と、実は信夫は有常が奥州を去るときに小よしに預けた実の娘だった!それだけならいいけれど、有常は「信夫を返してくれ」と頼む。その理由がすごい。

有常が現在娘として育てている井筒姫は、実は伊勢の斎宮に立ったはずの帝の姫君で、その身を守るために信夫を身替りにしようというのだ。小よしは娘夫婦が高貴な身分になることを喜ぶが、そんな甘いものではなかった。

敵方に囲まれた今、この家に匿う井筒姫と業平を救うために、有常ができることは、信夫の首を身替りとして差し出す以外になかったのだ。帝のために死んでくれと娘・信夫を説き伏せる有常。別室で事情を聞いていた豆四郎も恩義の業平のために腹を切ると、死装束で現れる。

知らぬは小よしばかりなり。豆四郎・信夫の夫婦が業平と井筒姫のために有常に斬られる覚悟でいるのを、「もはや身分が違うから」と、衝立で遮られて見ることのできない小よし。

信夫は琴を弾き、「妹背川」を唄う。悲劇とも知らずに、自分も砧を打って合わせる小よし。あぁ、なんという。信夫が唄い終わるのと同時に、有常は豆四郎と信夫の首を斬った。取り乱す、小よし。奥から現れた業平と井筒姫も悲しみにくれる。そして、観客も悲しみにくれる。そんな幕切れだった。

玉水渕の段 口 豊竹亘太夫/鶴澤清𠀋 奥 竹本織太夫/鶴澤清友

春日村の段 中 竹本小住太夫/鶴澤清馗 次 豊竹藤太夫/鶴澤藤蔵 切 竹本千歳太夫/豊澤富助 琴:鶴澤清公

文字擦売りお咲:吉田文昇 文字擦売りお谷:吉田勘市 娘信夫:吉田一輔 磯の上豆四郎:吉田蓑紫郎 鉦の鐃八:吉田蓑一郎 代官川島典膳:吉田玉輝 亭主五作:桐竹勘次郎 母小よし:吉田和生 紀有常:吉田玉男 在原業平:桐竹勘介 井筒姫:吉田蓑之