「ノルウェイの森」~“世界のハルキ”はこうして生まれた~(7)
BSプレミアムの録画で「アナザーストーリーズ 『ノルウェイの森』~“世界のハルキ”はこうして生まれた~」を観ました。
きのうのつづき
映画製作会社のプロデューサーを務めていた小川真司が語る。
トランが映画化するのは単純に面白いと思ったんです。トランのビジュアル的な感性と、村上春樹の「ノルウェイの森」の世界は合っているなと。直感ですかね。でも、原作権を取れるかは、わからない。今まで誰にも許諾を出していない。
2003年8月。小川は会社を通し、パリにいるトランに連絡を取った。トランはすぐに応え、映画化に向けて動き出すことが決まった。まずは会って話をしたいと、二人は村上に手紙を出した。
半年経って、トランと小川は東京の事務所で、村上と初めて会うことになった。
トランが語る。
私はこの初めての出会いが好きです。姿を現した村上はタオルを首に巻き、汗をかいていました。スポーツをしたばかりだったのです。目の前でタオルで汗を拭いました。作家が自分の肉体を鍛えているのを知って、私は素晴らしいと思いましたよ。
村上はトランの作品を全部観ていた。そして、こう言ったと小川が語る。
「ノルウェイの森」というのは当然、全部断ってきました。自分にとってこれはとっても特別な作品なので。ただ、50歳を過ぎてから、僕も若い頃とはちょっと考え方が変わってきているんです。今、許諾はできないが、脚本を読んで自分が納得したら、映画化を許諾するかもしれませんよ。
脚本を書いても許可が下りるかどうかはわからない。それでも二人は映画化を目指し、作業を進めることを決めた。
パリに戻ったトランは脚本執筆に向けて準備をはじめた。原作通り、日本を舞台に日本人の俳優を使う脚本を構想した。何よりこだわったのは、主人公のワタナベをどう描くかだった。
私が大切にしたのはワタナベの頭の中に入り込み、彼の心がどう変化していくのか、きちんと伝えることでした。ワタナベは2人の女性との恋愛で揺れ動き、少しずつ大人になっていきます。ただ、それは単なる恋愛ではありません。苦しむ直子を救いたいという彼の倫理的な成長過程でもあるのです。
緑だけを愛することはできない。直子を見捨てられない。救いたい。相反する思いに引き裂かれ、モラルに苦悩するワタナベに私たちは心動かされます。これは青年が大人になっていく物語なのです。私はここに焦点を定め、観客の心を掴もうとしました。
トランは一人の青年が激しい恋愛の中で葛藤し、人間として成長していく様を脚本に描こうとした。第一稿が上がるのに、一年以上がかかった。
つづく