「ノルウェイの森」~“世界のハルキ”はこうして生まれた~(2)
BSプレミアムの録画で「アナザーストーリーズ 『ノルウェイの森』~“世界のハルキ”はこうして生まれた~」を観ました。
きのうのつづき
この頃の村上作品はファンタジー要素が強く、斎藤は少し違うタッチの本も読みたいと思うようになった。そこで、村上に二つの提案をした。一つは「螢」のような小説が読みたい。「螢」は60年代を生きる大学生の愛と喪失を描いた短編小説だった。
斎藤が語る。
ちょっとリアリズムで書いてあって、私はすごい好きで、ただ春樹さんの今まで書いてきたものと、やっぱりテイストが違ったので、評論家にはあまり評判が良くなかったんですけど。私は好きだったので、「螢」がいい、「螢」がいい、とずっと春樹さんに言い続けていて。
もう一つは、これまでの作品に出てきた死の影を感じさせる少女について。「1973年のピンボール」では直子として登場した。
でも忘れることなんてできなかった。直子を愛していたことも。そして彼女がもう死んでしまったことも。
直子は最初の「風の歌を聴け」ではちょっとだけ出てきて。女の子が死んだっていう話が。「1973年のピンボール」には、それがもっと長く入っていたんです。それが気になって気になって。両方に出てくる自殺した女の子の話を書いてみませんかとお願いしたんです。春樹さんはちょと目を伏せて、「生々しくて、それは書けない」という話だった。「ダメだ」と言われました。「今は書けない」と。
この話はそれきりとなり、斎藤もそれ以上は押さなかった。
40歳を目前に、村上は長編小説に専念したいと海外へ行くと言い出した。出発を前に、村上が斎藤に伝えたことがある。
すごい小さい声で「今度の書き下ろしは恋愛小説です」って言われたので、ちょっと小躍りした。春樹さんが恋愛小説というのは、それはすごいだろうなと思ったんですね。
1986年秋。ヨーロッパに出発。村上春樹初の恋愛小説はギリシャのミコノス島で書き始められた。
内容的なものに関しては書きあがるまで誰もわからない。手紙で「順調にやっています」とか「書きあがったら、きっと喜んでくれると思いますよ」と。
1987年4月。ついに新作の原稿が東京の斎藤の元に届いた。村上の手紙に斎藤は驚いた。「斎藤さんが言っていた直子と、大好きだと言ってくれた『螢』が入っている」。
そういう構成で書かれている小説ですって、手紙が来るまで私は知らなかったので、恋愛小説ということだけだったので、え、そこをやってくださっていたんだと思って、感動しました。
そう、その小説こそが「ノルウェイの森」だった。
物語の舞台は1968年。学生運動に揺れる大学。主人公のワタナベは高校時代に親友のキズキを自殺で亡くし、喪失感を抱えていた。彼は大学でキズキのガールフレンドだった直子と再会。二人は次第に近づいていく。直子を大切に思いながらも、ワタナベはクラスメイトの緑に惹かれていく。
本当に生と死、あと性ですね。それをきっちりとお書きになったので、このときは原稿の段階で泣いていました。
気になっていた直子は19歳の繊細な女性として描かれていた。彼女は自殺した恋人のことが忘れられない。ワタナベと付き合うものの、傷つき、次第に精神を病んでいく。そして…直子を失った主人公は失意のうちにこう考える。
死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。(「ノルウェイの森」より)
死をここまで正面から描く。これまでの村上作品にはないことだった。
つづく