不朽の名作「あしたのジョー」時代と生きたヒーローは今も生き続けている(5)

NHK―BSプレミアムの録画で「アナザーストーリー あしたのジョー・時代と生きたヒーロー」を観ました。

きのうのつづき

ライバルを失い、一度は落ちぶれていったジョー。しかし、不屈の闘志で再びリングに舞い戻ってくる。そんなジョーを最後まで見守り続けたヒロインがいる。白木葉子。再び立ち上がり、真っ白になるまで闘い続けた男の姿に彼女は何を感じたか。

この番組の第3の視点は「女性が見つめた、あしたのジョー」だ。

直木賞をはじめ数々の文学賞を獲得している人気作家の角田光代。実は20年以上前から、ボクシングジムに通っている。ボクシングを題材にした小説も執筆しているほどだ。彼女にとって、「あしたのジョー」とは。

ボクシングを扱った作品として最高峰だと思っています。ジョーは別格のところがありますね。

女性の心理描写で多くの読者から共感を呼ぶ角田。ジョーとの出会いは作家としての転換期を迎えた20代の頃だった。1996年、野間文芸新人賞を受賞したとき、担当編集者からお祝いの品は何がいいかと尋ねられ、リクエストしたのが、「あしたのジョー」コミックス全巻セットだった。アニメは観たことがあったが、原作漫画を読むのは初めてだったという。

すごく意外だったのは、ジョーと力石の闘いの漫画という印象が強かったのですが、力石が早くに死んでしまって、その後は力石不在の物語がメイン。そのことに衝撃を受けました。

角田が驚いたのは、力石の死は物語の中盤に過ぎず、その後のジョーの闘いが続いていたことだった。力石の亡霊に怯えながら、新たなライバルたちに立ち向かい、再起を果たしていく。しかし、その姿は周囲から孤独に見えた。密かにジョーに思いを寄せる女性はボクシングだけに打ち込むジョーをこう心配する。

青春と呼ぶにはあまりに暗過ぎるわ。

しかし、当のジョーと言えば・・・

ブスブスとくすぶりながら、不完全燃焼しているんじゃない。ほんの時間にせよ、まぶしいほど真っ赤に燃え上がるんだ。死に物狂いで噛み合いっこする充実感がわりと俺は好きなんだ。

角田が語る。

力石と出会うことによって、殴り合う、闘うことでなら、人間としての情をやりとりできる、ということを彼は学んだと思うんです。そのあと、相手がいないということは、情みたいなものを分かち合う相手がいないまま生きていく孤独の物語。

力石不在のジョーの世界を孤独の物語と読み解く角田。彼女が綴る小説にも孤独に生きる人がよく描かれる。代表作「対岸の彼女」では、主人公にこう語らせている。

ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりも、ひとりでいてこわくないと思わせてくれる何かと出会う方が、うんと大事な気が今になるとするんだよね。

角田が語る。

ジョーの魅力って、やはり、ちっとも幸せそうじゃないところですよね。そして、彼が求めているのが、幸せなんかじゃないという。そういう人物ってあまり見ないじゃないですか。幸せは本当に人それぞれのもので、それを探していかなきゃいけないし、既成の幸せみたいなものに頼っちゃいけないんだ、と学んだような気がします。

つづく