【プロフェッショナル 美容師・髙木琢也】俺は、人生をデザインする(4)

NHK総合の録画で「プロフェッショナル 仕事の流儀 美容師・髙木琢也」を観ました。(2019年5月14日放送)

きのうのつづき

髙木の意外な一面を知ったのは、千葉の実家を訪ねたときのことだった。

髙木からは思いもよらない、いかにも真面目なご両親。いつも強気な髙木も全く頭が上がらない。

髙木が歩んできた道。今の姿からは考えられないほど傷だらけだった。

生まれは1985年。公務員の父と美容師の母の元、愛情をいっぱいに浴びて育った。スポーツ万能、成績優秀、学級委員長も務める、誰もが羨む優等生。でも、中3の冬、人生は色を失った。高校受験に失敗した。

第2志望の学校でプロサッカー選手を目指すも、膝の怪我で挫折。その後、目指した大学、専門学校、公務員試験、すべて落ちた。不甲斐なさよりも、親に申し訳なくて、居たたまれなかった。なぜ、自分は生まれてきたのか、自らを責めた。

髙木が振り返る。

お前の星はそういう星だよ、大事なところでうまくいかないのが髙木琢也が持っている星。大事なところで全部、今まで失敗してきている。ここまで落ちる人ってなかなか多分いないから。

このとき、髙木が選んだのが母と同じ美容師の道だった。原宿で一、二を争う人気美容室に就職。そこで自らにひとつのことを誓った。

当時を知るお客さんの証言。

「日本一の美容師になるから、見ててくださいよ」みたいな感じで、一発目のシャンプーで「日本一になる」って言ったやついないよ。

でも、髙木は桁外れの不器用だった。

カラー剤をお客さんの洋服に付けちゃったり、パーマ液を目に入れちゃったりとか、「これやったらアウトだな」ってこと、ほぼほぼのミスは犯してましたね。

同期に次々と先を越され、失敗を重ねた。挙句、出勤停止になった。

楽しかったなんてことは、ひとつもないね。周りはもう無視。「シャンプー入ります」「もう大丈夫」。フロアに入ろうとしても、「もう大丈夫」。

落ちるところまで落ちたとき、思ってもみない感情がこみあげてきた。

大体これぐらいでいいやって思って生きてきたから、でもそれで失敗してきたから、何かを変えなきゃいけないんだな。ずたぼろに言われたから、後はもう上がるしかねえな。ここから上がる以外考えちゃ駄目だっていう。

ダサくてもいい。這いつくばってでも、いけ。どんな泥を舐めてもいいし、這いつくばってでも、結果を出せば、それが一番カッコイイでしょっていう。

髙木は閉店後、一人残り、夜が明けるまで、徹底的に練習に打ち込んだ。今流行している髪型は何か。書店に通い、ファッション雑誌を読み漁った。

不器用だからこそ、人の百倍努力しなければ、ここからは這いあがれない。先輩に自分の髪を切ってほしいと頭を下げ、その技を盗んだ。そんな髙木を周囲は嘲笑った。だが、ただ上だけを見つめた。

髙木が振り返る。

ずっと思っていたのは、「へこんでいる暇なんかねえんだよ」というか、立ち止まっている場合じゃないっていうのは、いつも自分に唱えていたと思う。すべては親に後悔させたくないっていうか。親を喜ばせたい。

脳裏に常にあったのは、どんなときでも自分を受け入れてくれた父と母の姿。この子を産んで良かった。ただ、そう思ってもらいたかった。

今まで落ちてる姿をずっと親は見てたから、泣いてたし、親が一番かわいそうだと思うんですよね。「なんで産んじゃったんだろう」と思っていただろうなぐらいだったから。「あいつを産んで良かったな」って思ってもらうためには、イケてる美容師になるしかない。

血のにじむような努力を重ねた結果、髙木は店のトップに登りつめた。28歳で独立。唯一認め合う仲だった中村トメ吉と今の店を構えた。31歳で日本最大規模のヘアコンテストで1位を獲得。月間1200万円の売り上げを記録するカリスマ美容師になってみせた。

つづく