【アナザーストーリーズ】そのとき歌舞伎は世界を席巻した~十八代目中村勘三郎の挑戦~(2)

NHK総合テレビの録画で「アナザーストーリーズ そのとき歌舞伎は世界を席巻した~十八代目中村勘三郎の挑戦~」を観ました。

きのうのつづき

2001年。歌舞伎座で新しいことに挑む。そのためには、あの男の力が必要だった。勘三郎は野田を深夜の歌舞伎座に引っ張り込んだ。

野田が振り返る。

警備員が開けてくれて、真っ暗ですよ。改装前の歌舞伎座。もう古い。奈落から入ったもんですから、奴隷船の中みたいな。傷だらけの人の手垢が染み付いているのか、それは素晴らしかった。舞台上から見たときに、「すごい。いい空間だな」とボソッと言ったら、「じゃあ、決まりだ。来年の8月!」。松竹に直接電話を入れて、「野田がやるっていうから、決めろ」。話がとんとん拍子に決まって、「俺の書く時間はどこでくれる?」(笑)。

野田は書くことを決めた。「野田版 研辰の討たれ」。大正時代の脚本を書き直し、演出した。刀の研ぎ師から武士に成り上がった町人・辰次が仇討に追われる物語。

座長が演出を兼ねる慣例を覆し、野田が勘三郎にもビシビシとダメ出しをしていく。

野田が振り返る。

彼が突然怒り出しちゃって、慌てて止めて、「演出は俺だから!今後は俺が止めるから。そのために俺はいるから。これだけは頼む」。彼は私のダメ出しにも時々「んっ」と思ったこともあると思うんですよ。「アドリブ、はい、ここは要らないからねー」って、バッサリ切られたりするから。

だけど、本当によく話を聞いてくれて、周りの役者さんもそれが楽しかったみたいですよ。普段、言われない勘三郎が目の前で俺にバッサリ言われるのを、ニヤニヤ嬉しそうに皆、見てました。

松本幸四郎(当時は市川染五郎)が語る。

野田さんのお芝居ってすごく特徴あるように感じるじゃないですか。世界観とか、テンポとか。稽古初日に野田さんの世界の芝居になっていたっていう、すごくそういう強烈な記憶がありますね。

逆風にもさらされた。野田が語る。

きっと軋轢もあったと思うんですね。「歌舞伎は古典だから」っていう考え方だけでなさっている方もいらっしゃいますので。そこらへんとも、だいぶあったと思いますね。

当時の朝日新聞の記事。

「歌舞伎を壊すつもりか」と言う声も聞かれるが、本人は「そんなつもりはさらさらない」と苦笑いする。「今にピッタリのテーマを、今の人が書く。それがもともとの歌舞伎の精神なんです」。

いよいよ初日。勘三郎が意外な表情を見せる。野田が振り返る。

開演10分前。スタンバイに行こうと言ったときに、「大丈夫かな?」「野田、大丈夫かな」と心細そうな声で言って、俺もものすごく不安になって、勘三郎が顔面蒼白くらいに見えるんですよ。「こんなことしちゃって、大丈夫かな」。

野田は仇討がテーマの歌舞伎にギャグを巧みに織り交ぜた。そして、この芝居屈指の名場面が生まれる。暗闇ですれ違う「だんまり」の場面がミュージカルのワンシーンのようになったのだ。

野田が語る。

皆、瞬間的に「ウエストサイドストーリー」の方向に気持ちが向かったんでしょうね。だんだん皆がこうやって「寄りそうだな」と思ったから、僕が合図して「集まれ、集まれ」って、集まって。喋らずに、止めずに、こういうふうにしたら、きれいに三角形になって。そうしたら、皆が絵がわかったんでしょうね。彼の周りに集まってくる役者は、それがよくわかるんですよね、感覚が。それも一緒に面白がってきてた人間だから。

さらに、現代社会に巣くうテーマを見出した。それは身勝手な大衆の存在だ。仇討の当事者が周りの野次馬たちに煽られ、次第に自分の意思を失っていくのだ。

野田が語る。

オリジナルのほうは野次馬とかは出てこない単純なものだったんですけど、「ここじゃないか、本当は?」って気がしました。それは人間すべて、日本だけじゃないですからね。イギリスのダイアナ(妃の過熱報道)でもそうですし。それが「研辰の討たれ」のときにお客さんに共感を得たんじゃないかですかね。

終演後の拍手が鳴りやまない。異例のカーテンコールだ。

拍手が鳴りやまなかったので、幕を開けたわけですよね。そうしたら、予期していなかったから、勘三郎が独りだけ残っていて、ポツンといるんですけど、礼をするでもなく、ちょっと挙動不審で、オドオドしていて、それで何か皆を呼び始めて、大変なカーテンコールになりましたね。

玉三郎が語る。

野田さんと中村屋さんの情熱、舞台にかける思いっていうものを感じましたし、「研辰」って歌舞伎の場合、暗くて陰惨な芝居なんです。それをあれだけ華やかにして面白おかしく笑わせながら、最後にジーンとさせたっていう点において「見事だったね」って言ったんです。

現代に呼吸する歌舞伎を目指す勘三郎と野田の演出が見事に融合した舞台だった。

野田が語る。

しょっちゅう、彼に「歌舞伎ってなに?」とか、「歌舞伎の台本を書くルールあるのか?」とか、そういうのを聞いたりもしたんですけど、返ってくる返事はいつも一緒で、「なんでもやれば歌舞伎なんだよ」って。「歌舞伎役者がやれば歌舞伎だよ」って。そういうことなんだなって。

つづく