三遊亭兼好「徂徠豆腐」吉兵衛も、親方も、奴先生も、みんな江戸っ子!

お江戸日本橋亭で「三遊亭兼好 噺の会」を観ました。(2021・12・28)

8年続いている年末恒例の会だそうである。兼好師匠のファンの方が主催していて、終演後にはお楽しみ抽選会まであるという、アットホームな会だ。僕は去年、浅草のことぶ季亭で開催された第7回に行ったのが初めてで、今回は2度目の参戦だ。

一門会の体をなしていて、弟子全員が出演する。今年入門した、4番弟子の三遊亭けろよん(この命名が面白い!)さんが最初に上がって「八九升」。続いて、3番弟子のしゅりけんさんが何と「磯の鮑」に挑戦。見事に、一つ仕込みを飛ばしちゃって、真っ白になるという玉砕をして高座を下がった。気にすることはないぞ。前座だから、こういう会でしか掛けるチャンスもないだろうし。

2番弟子の好二郎さんからは二ツ目だ。「宗論」。1番弟子の兼太郎さんが「ガマの油」、見事な言い立てだった。そして、兼好師匠が上がって「強情灸」で、中入り。食いつきは音曲師の桂小すみさん。去年のこの会にも出演されていた。見事な撥さばきで「櫓太鼓」を聴かせてくれた。

そして、トリの兼好師匠の「徂徠豆腐」が圧巻だった。

この噺の主人公は荻生徂徠ではなくて、豆腐屋の上総屋吉兵衛だと僕は思うんだけれど、その吉兵衛さんの江戸っ子気質が見事だ。そして、兼好師匠の特色はその吉兵衛さんの親方がさらに江戸っ子で魅力的なのだ。

冒頭、親方から吉兵衛夫婦が暖簾分けされるところからはじまる。立派な店を用意され、「お前も腕を上げた。一本立ちしなさい。そうしないと、店の若い者が育たない」と言う。なんとも粋な計らいだ。

噺は飛ぶが、それが火事で一瞬にして消えてしまう。美味くて評判の良かった店だけに残念だ。神も仏もあるものか、と意気消沈していると、親方が現れ、俺のところに暫くいろと言う。この優しさも江戸っ子だ。親方の家に居候しているところに、不思議な十両が届き、やがて「店が建ちました」と棟梁が、荻生徂徠を連れてきて、「あのときの恩返し」だったことが判明するという仕掛けだ。

あのとき・・・吉兵衛を呼び止め、豆腐二丁を買い求め(いや、無一文だったから買ったということにはならないか)、寒い中、「豆腐は奴で食べるのが一番美味い」と言って醤油もかけずにそのまま口に入れ、震えながら食べる男。

やがて、無一文だということを白状した男が学者先生だとわかると、吉兵衛は「本を売って金をこしらえるとか、本で学んだ知識で商売を営むとかすればいいじゃないですか」と言うが、学者先生はこう言う。私一人が豊かになっても仕方がない、学問を広め、深めて、何千何万という人を幸せにしたい、助けたいのだ。

この言葉に感銘を受けた吉兵衛は明日からも豆腐を無償で持ってきてあげることにした。さらに、おからも弁当箱に詰めて持ってきてあげる。女房がこのことを知ってからは、握り飯も余裕のあるときには持参した。そして、「奴先生」(そう、吉兵衛が名付けた)はその施しを有難く受けた。いつかは、この恩返しをしたいという思いはあったのだと思う。

それがあったから、吉兵衛夫婦が火事で焼け出されたと知った奴先生こと荻生徂徠は、なかなか忙しくて火事見舞いに行けなかったが、十両を繋ぎの金として渡し、そして新たな豆腐屋を営む店を棟梁に依頼して建てたのだ。

「わしが今あるのは、その方のお陰だ。あの時に食べた豆腐は本当に美味かった。そして、おからも、握り飯も本当にありがたかった」。

吉兵衛夫婦が心機一転、奴先生に建ててもらった店で再スタートした豆腐は、増上寺御用達となり、「下地をつけずに、そのまま奴で食べると美味い」と噂になり、さらには出世豆腐とか呼ばれるほどの評判になった。

遅咲きの角に徂徠の豆腐売り。

兼好師匠の独自の工夫が良い味になった素敵な一席であった。