【十二月大歌舞伎 第2部】「ぢいさんばあさん」37年離れても、変わらぬ夫婦の情愛

歌舞伎座で「十二月大歌舞伎」第2部を観ました。(2021・12・09)

「ぢいさんばあさん」。森鷗外原作、宇野信夫を作・演出である。

宇野先生は鷗外の原作にいくつか加筆して、情緒溢れる作品に仕立てている。伊織が鼻に手をやる癖、二人にとって象徴的な庭の桜の木の存在。留守を守っていた若い甥夫婦の登場など。前半の若々しい伊織るん夫婦が、37年後に再会したときにも変わらぬ情愛で結ばれていることに感動するが、そこにこれらの加筆は非常に効果的に働いていると思った。

伊織の罪が赦され、伊織とるんが37年ぶりに再会する日。約束の時間よりも早く屋敷に着いた伊織は、懐かしい我が家を見回しながら桜の花を愛でている。ここへ駕籠がやってきて、中から立派な老女が現れる。最初は互いに分からなかった二人だが、伊織の鼻を押さえる仕草を見たるんが夫だと気づく。

37年という年月は、二人の姿を変えてしまったが、気持ちは変わらない。過ぎ去った時間を語り合いながら、伊織とるんは満開の桜を共に愛で、きょうから「新しい生活」を始めようと、肩を抱き合う。この「新しい生活」という台詞がなんとも言えず、心の琴線に触れた。

それにしても思うのは、運命というのは何と残酷なんだろう。るんの弟の宮重久右衛門が些細なことで友人と喧嘩になり、手傷を負った。そのために、義兄の美濃部伊織が代わりに1年間、京都二条城在番の役を勤めるために単身赴任することになった。伊織るん夫婦にとっては、たった1年のことと思っていたに違いないし、そんなことで二人の愛情が醒めたりはしない。

だが、下嶋甚右衛門である。京都赴任3カ月後の伊織が、刀屋で立派な古刀を見つけ、気に入り、どうしても欲しくなった。だが、手持ちの金では足りず、甚右衛門から金を借入れ、購入した。その刀披露の宴を開いた。

なぜ、甚右衛門を呼ばなかったのだろう。ここに些かの疑問が生じるのだが、仕方ない。泥酔して不機嫌な甚右衛門が宴席に乱入して、悪態をつく。伊織は丁寧に謝るのだが、酔った勢いは怖い。足蹴にされても耐える伊織だが、甚右衛門が伊織の刀を抜くと、はずみで伊織が甚右衛門を斬り殺してしまう。あぁ、何ということか。

伊織は越前有馬家にお預けの身に。一方、るんは子どもを病気で亡くした後、筑前黒田家で奥女中として奉公した。そして、37年。ようやく、罪が赦されての再会なのだ。

37年前に、伊織が京に赴任するとき、結婚した年に植えた桜が3度目の春を迎えていた。「来年は花が咲くのを一緒に見よう」と約束して、別れを惜しんだ。そして、刀披露の宴席でもるんからの手紙を仲間たちに見せて、のろけた。その手紙と一緒に屋敷の庭の桜の花びらが送られていた。その花びらを散らしてみせる伊織という演出も何とも言えない夫婦の仲睦まじさが垣間見え、きゅんとなった。

美濃部伊織:中村勘九郎 伊織妻:尾上菊之助 宮重久右衛門:中村歌昇 下嶋甚右衛門:坂東彦三郎 柳原小兵衛:坂東亀蔵 山田恵助:中村吉之丞 宮重久弥:尾上右近 久弥妻きく:中村鶴松